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17話 ヤンデレを勧められました

 剣術レッスンが楽しい。最初の1か月は我ながら酷いものだったが、メイソンが指導の仕方を工夫してくれてからは、今までの苦戦が嘘だったかのように順調に力がつくようになった。


 覚醒したメイソンの教え方がとにかくすごい。人に何かを教えることに絶対向いていると思う。


 数か月前、私の様子を見かねたメイソンは、お父様にお願いしてまずは自分が公爵領に駐在している国の騎士から戦い方の基礎と理論の部分を学ぶことにしたらしい。


 そして自らが一から学んで理解した内容に自分の今までの経験や感覚的な部分を組み合わせ、それを分かりやすく嚙み砕いて私に教えてくれるようになった。


 そして、私が魔法感覚で剣術を学べるよう、剣の持ち方、構え方、振り方、足のさばき方や心構えなどをすべて文字や絵にしたテキストを作り、まずは理論とイメージを完璧につかんでから実践練習に移るという方法を考えてくれた。


 彼が考えてくれた習い方は私にぴったりだった。そして「ここまでしてもらってもできないようなら、もはや修道院に行くしかない」と奮起した私が、それまで以上に訓練に励んでいることもあり、それ以降は順調に剣術の腕が上がってきている。


 彼が作ってくれたテキストはもちろん大切に保管している。原本は私の一生の宝物にするつもりだけど、まとめた内容を将来『ベックフォード流双剣術』って感じのタイトルで出版することを密かに計画している。もちろん、メイソン本人の同意があれば、だけど。


 それくらい彼が作ってくれるテキストは素晴らしかった。私のように剣術の才能も素養も皆無な人間が読んでも内容を隅々までちゃんと理解できるよう、細かいところまで分かりやすく丁寧に解説されている。


 だから私は彼のテキストをいろんな人に見てもらいたい、歴史に残したいと考えている。もっというと「私の旦那様(仮)はこんなにすごい人なんですよ。しかもこれ、私のために作ってくれたものなんです♡」ってことを世界中の人に自慢したい。


 …売れれば印税収入も狙えるしね。駆け落ちした後のことを考えると、出版は我ながら良い案だと思う。


 ちなみにアイリーンの剣術の上達は私とは比べ物にならないスピードらしいのだけど、そこは気にしない。というかむしろアイリーンの才能が開花したことが自分のことのように嬉しい。天才と張り合っても仕方がないしね。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 明日で魔道学園の夏休みが終わる。お兄様とお姉様の王都への出発の前に、私はお姉様に夏休み最後の魔法指導をしてもらって、今はビーチで海を眺めながら二人で雑談中である。


 正直、お姉様が帰省する前は結構心配した。メイソンのことはもちろん信じているけど、何せお姉様の美貌はチートである。


 お姉様と出会った瞬間、メイソンがお姉様に一目惚れし、その後私の顔をみて「ゴブリンだ!屋敷にゴブリンがいる!おっ、珍しく金髪だぞ、このゴブリン」と思ってしまわないか心配だった。


 実際にはそんなことは全くなくて、お姉様と初めて会った時のメイソンの反応は淡々としたもので、その後も一切自分からお姉様と関わろうとはしなかった。


 それを見た私の安心感と嬉しさときたらもう…。んんー!やっぱ私の旦那様(仮)最高!抱いて!って感じだったね。


 …うん、チョロインだな、私。メイソンからするとたぶん普通に振る舞っているだけなのに、勝手にチェルシーちゃんの好感度がどんどん上がってる。


 話を戻して、お姉様との雑談は、いつの間にか私とメイソンのお付き合いをテーマにしたお姉様による現状分析とアドバイスといった感じになりつつあった。


「…なので、大きな流れとしては良い方向に進んでいると思いますわ」


 やった。師匠から高評価をいただいたぞ。これよく考えたら精神年齢20代の女が15歳の子に恋愛のアドバイスを受けている構図になっているけど、そこはこの際気にするのをやめよう。私は12歳、私は12歳…。


 お姉様による現状の評価はこうだった。メイソンを屋敷に住まわせて、できる限りたくさんの時間を一緒に過ごしているのは◎。彼にストレートに愛情表現しているのも◎。


 彼が常時屋敷にいることによって、それだけで外の女との関わりを大幅に減らすことができる。となると、敵は主に屋敷内の女に絞られるが、屋敷の主の立場にある私が彼に対する好意を隠そうとしないから、屋敷内のライバルは彼に手を出しにくい状況になっていると。


 そもそも私といる時間が長ければ長いほど、屋敷内外を問わず他の女と関わる時間自体が減るから、私が暇さえあればメイソンを呼び出しているのは大正解だと。


 私たちの年齢差、特に私がまだ12歳であることから、メイソンは今すぐには手を出しにくいと思うけど、今の状況を維持・継続すれば、メイソンが落ちるのは時間の問題だと。だから焦らず、今の甘酸っぱい関係を楽しみながらゆっくり彼が落ちるのを待てばよいとのことだった。


 …なんか義妹に恋愛のアドバイスを送る義姉というよりは、武将に攻城戦の戦略を説明する軍師のようだな、お姉様。


 ……ヤンデレにとって恋は戦争なのか。


「ただ、一つだけ問題があります」


 …!?なんですと?

 軍師の言葉に耳を傾ける。


「私が見た感じでは…、もしかしたらベックフォード様は、今の契約期間が終了する段階で屋敷を離れることを検討するかもしれませんわ」

「…えっ!?なんで?どうしてですか」

「理由はいくつかあります。まず…」


 お姉様がそう考えた理由は三つだった。


 一つ目は、メイソンが屋敷の中の誰とも必要以上に親密になろうとしていない感じがすること。私に対する呼び方も「お嬢様」を貫いているし、アイリーンに対しても「キャスカートさん」である。


 他にも同じ苗字が二人以上いて紛らわしい場合を除き、彼は基本的にファーストネームで相手を呼ばない。確かに言われてみればそうかもしれない。


 それだけじゃなくて、意識してやっているのか無意識なのか、彼は自分の立場が「期間限定の傭兵」で「そのうちいなくなる人」であることを前提にした行動をとっていると感じたらしい。


 …確かに心当たりはある。そんなにたくさんメイソンと話したわけでもないのにそれが分かっちゃうとは。ヤンデレチート恐るべし。


 二つ目は、一つ目の理由とリンクしているが、いずれ冒険者に戻るのであれば、実戦のブランクが長くなりすぎるのは良くないだろうということ。それも確かにそうだ。メイソンが常に実戦感覚を気にしているのを私はよく知っている。


「そして三つ目の理由は、チェルシーさんですわ」

「私ですか!?」

「ええ。私が見た感じでは、ベックフォード様はすでにチェルシーさんに惹かれ始めています」

「そ、そうでしょうか。えへへ…じゃなくて、それならどうして?」

「…想像してみてください。チェルシーさんは20歳の旅の魔導士です。生まれは平民だったとしましょう」

「はい」

「旅の魔導士のチェルシーさんは、とある大貴族のお屋敷で、ご令息の専属護衛と魔法指導のお仕事をすることになりました」

「はい」

「そのご令息はとっても可愛らしい12歳の男の子。そしてどうやらチェルシーさんに一目惚れしたらしく、チェルシーさんに対する好意や愛情を隠そうともしません」

「…はい」

「最初、チェルシーさんは彼の好意を受け流そうとしていましたわ。「まだ幼い少年の年上の女性に対する一時的な憧れに過ぎない」とか「世間知らずの貴族令息の気まぐれ」だと自分に言い聞かせながら」

「……はい」

「でも、チェルシーさんは気づいてしまったのですわ。少年が本気でチェルシーさんのことを深く愛していることに。そしていつの間にか彼のまっすぐな想いに心を動かされ、彼のことが好きになってしまった自分に」

「……」

「もしそういう状況になったら、チェルシーさんはどうされますか」

「……身を引く、かもしれません。私は彼に相応しい女じゃない、彼の将来のことを考えたらここで諦めて去るべきだって、自分に言い聞かせながら…」


 なるほどそういうことか。確かにありそう。特にメイソンはあの性格だ。彼、とても謙虚で誠実な人だけど、ちょっと謙虚すぎるというか、自己評価が低いところがある。あんなに素敵な人なのに。


 前世からなんとなくそういうところはあったけど、私は最愛の人に裏切られたショックでそうなったのだろうと思っていた。でもどうやらそれだけではなく、素の性格でもあったらしい。


 でも今の話だと、結局メイソンは遅かれ早かれ私のことを好きになってくれた段階で身を引くことを考えるようになってしまわないか。そんなのダメだよ。…どうしたらいいんだ?


「…どうしたらいいんだ?」


 あっ、最後声に出てしまった。


「…ヤンデレ、ですわ」

「……はい?」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その後はヤンデレチートさんからチョロインへの「ヤンデレのすゝめ」の時間となった。


「そう、ヤンデレですわ。先ほどの話に戻ってみましょう」

「は、はい…」

「チェルシーさんは、少年の将来を考えて身を引くかもしれない、そうでしたわね?」

「…はい、たぶん」

「では、もしその少年が、チェルシーさんがそばにいてあげないときっと生きていけない、チェルシーさんが去ってしまったらこの子は間違いなく気が狂ってしまうわ、といった感じの方でしたらどうされますか」

「……なるほど」


 ……やばい、一見、文句の付けようがない完璧な結論に見える。でも騙されてはいけない。間違いなく根本的なところに何か重大な問題があるはずだ。


 てか今更すぎるけど、本当に大丈夫なのか、うちのお兄様。


「…あ、もちろん狂ってしまえ、と申し上げているわけではありませんわ。それはそれでとても素敵なことだとは思いますけれど。…ポイントはベックフォード様にこう思っていただくことですわ。「お嬢様には俺がついていないとダメだ」、と」


 アハハ…恋に狂ってしまうのは「とても素敵なこと」なんですね。もう突っ込みませんよ。


「まずはアプローチの仕方を少し工夫してみるだけで良いと思いますわ。「大好き、ずっと一緒にいたい」という方向性だけではなくて、「私にはどうしてもあなたが必要」、「あなたがいないと私は生きていけない」というニュアンスを意識的に伝えてみましょう」

「……頑張ってみます」

「ベックフォード様をとことん甘やかして、堕落させて、チェルシーさんに依存させる作業も同時に進めるとなお良いでしょう。「もう冒険者になんか戻りたくない…、こんな環境手放せない、俺、もうお嬢様がいないと無理かも…」、そう思っていただくのですわ」

「…な、なるほど…甘やかして堕落させて依存させる…」

「そうです。目指すは共依存、ですわ!お互いがいないと生きていけない恋人同士……ああ、なんて素敵なのでしょう!」


 …うん、ダメだこの美少女。もう手遅れだわ。言っていることは頭おかしいのに外見がチート過ぎて、さも本当に美しいセリフのように聞こえるからタチ悪いよね。


 …この際お姉様のヤンデレ加減とかうちのお兄様の将来とかはもう見て見ぬふりをするとして…。確かに最後のアドバイスには取り入れるべき部分もあるかもしれないな。


 …あなたがいないと私は生きていけない、ねぇ。

 うん、明日からちょっと意識してみよう。

「私にはどうしてもあなたのブックマークや☆での評価が必要」

「あなたのブックマークや☆での評価がないと私は生きていけない」

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― 新着の感想 ―
[一言] それはヤンデレではなくメンヘラだぞ
[一言] シルヴィアのアドバイス絶対賛同できんw 戦闘力高いんだし、一時的でもいいから、 家を出て冒険者になればいいんじゃないかな 一緒に来てくれなくても一人でも出るといえば、 ほっとけなくて着いて…
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