16話 貴公子の言葉が謎めいている件
メイソン視点です
夏になった。俺は相変わらずローズデール公爵家で剣術教師(…と名ばかりの護衛)として働いていた。
お嬢様の剣術はここ数か月でだいぶ上達した。最初の1か月で「俺の動きを真似してください」という乱暴なやり方では通用しないことを痛感した俺は、旦那様にお願いしてまずは自分が公爵領に駐在している国の騎士から戦い方の基礎と理論の部分を学ぶことにした。
そして俺が一から学んで理解した内容に自分の経験や感覚的な部分を組み合わせ、それを分かりやすく嚙み砕いてお嬢様に伝えるという方法をとった。
そして魔導士の人は「魔導書」を読み込んで理論を理解し、その後完璧に理解できたイメージを実演するというプロセスで魔法を身につけていると聞いたので、お嬢様に魔法感覚で剣術を学んでいただけるよう工夫した。
具体的には剣の持ち方、構え方、振り方、足のさばき方や心構えなどをすべて文字や絵にしたテキストを作り、それをお嬢様に読んでもらってから、実践練習に入る形にした。
これが非常にうまくいって、このやり方を採用してからのお嬢様のレッスンは順調そのものだった。
お嬢様は毎回楽しそうにレッスンを受けてくれていて、モチベーションや練習量は最初から申し分ないので、このまま剣術に取り組んでもらえれば剣士としても十分、どこでも通用するレベルにまで成長していただけると思う。非常に嬉しい。
もう一人の生徒であるキャスカートさんに関しては…一応お嬢様のために作ったテキストは彼女にも読んでもらってはいるが、正直彼女には「俺の動きを真似してください」で十分だと思う。詳しく教わっていないところも何度か動きを見ただけで真似して応用までできちゃう人だし。
彼女の上達スピードを見ていると、この人は早ければ来年の冬くらいには俺より強くなるのでは?って思ってしまう。…まあ、来年の冬に俺がこの屋敷にいるかはわからないけど。
そして今まで感覚的に理解していた基礎と理論の部分を知識として復習して、それを誰にでも理解できるように文字に起こすという作業は、実は俺自身にとっても非常に有意義だった。
今まで「本能的に」「感覚的に」やっていたものが、なぜそうしていたのかが理解できたので、いろんな場面で今までよりも的確な動きを選択できる気がする。
そう考えると、この仕事は1年間実戦から離れる分のマイナスを補って余りがあるプラスを俺にもたらしてくれた仕事になったのかもしれない。まあ、実戦で試してみないとなんともいえないけどね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王都の魔道学園が夏休みに入ったということで、在学中のローズデール家ご長男のアラン様と、その恋人でお隣のラインハルト公爵家のご令嬢であるシルヴィア様が帰省された。直接お会いするのは初めてだが、お嬢様からいろいろとお二人の話は聞いていた。
特にラインハルト様に関しては…お嬢様から何度も繰り返し釘を刺された。
「お姉様はこの世のものとは思えないほど美しいので、もしかしたらメイソンも本能的に惹かれちゃうかもしれません。でも彼女はお兄様の恋人で相思相愛だから、決してお姉様のことを恋愛対象として認識してはいけませんよ」と。
「いやいやあり得ませんから。大貴族のご令嬢に恋愛感情を抱くほど身の程知らずではないですし、そもそも他人の恋人に手を出すような真似は絶対にしません」という趣旨で回答したら、「後半は素晴らしいけど前半は再考の余地があるのでは?」と言われた。
……さすがに何となく言いたいことは伝わってきたけど、ごめんなさいお嬢様、俺、そこまで命知らずではないんですよ。
で、そのラインハルト様だが…、お嬢様の言葉通り、確かにものすごい美少女だった。幻想的というか、もはや異質な感じというか。生身の人間ではなくて、女神とか天使に近いイメージだったね。
…でも正直、自分より5歳も年下の女の子に対して大変失礼ではあるけど、彼女を見た瞬間浮かんだ感想は「自分の母親を思い出す」というものだった。
もちろん、ラインハルト様の外見がうちの母に似ているという話ではない。滲み出る絶対的な強者の風格というか、目が合った瞬間ゾクッとしてしまうような、獲物を怖気づかせる捕食者のオーラというか…。
とにかく、剣を持った母の前に立った時のような、背筋が凍る感覚があった。「この人に逆らうと殺される」って感じ?
たぶん普通の人はラインハルト様の顔を見ただけではここまで感じ取れないと思うけど、俺の場合、その辺の感覚は母や姉からの英才教育と、冒険者生活で対峙した数々の魔物との死闘によって抜群に研ぎ澄まされているからな…。
そして、これはロ〇コン疑惑待ったなしの危険発言ではあるけど、正直、俺は純粋な外見もラインハルト様よりお嬢様の方が好みだった。髪の色も、瞳の色も、お嬢様本人が「悪役顔」と自虐する少しだけ釣り目で黙っていると冷たそうに見える顔立ちと雰囲気も。
そう、俺はその「黙っていると冷たそうに見えるお嬢様」が、俺のことを見つけた瞬間、無防備なまでに満面の笑みを浮かべる姿が正直めちゃくちゃ好きだった。…あれが嬉しくない男なんかいないよ。
だからラインハルト様がどんなに完璧に整った美貌を持っているとしても、俺はお嬢様の方がより美しいと思う。少なくとも俺にとってはお嬢様の方がラインハルト様よりも美少女だ。もちろん、俺の主観だけじゃなくて、客観的にもお嬢様はすごく美しい方だけどね。
……っていやいやいやいや、さっきから俺、12歳の子供相手に何を言っているんだ。見た目が14、5くらいに見えてもお嬢様は12歳だぞ。Twelve years oldだぞ。頭おかしいんか。犯罪やぞ。魔道王国を敵にまわすことになるぞ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後、俺はなぜかアラン様と二人きりでお茶をすることになってしまった。お嬢様はラインハルト様と新しい魔法の練習をするとかで、二人でお嬢様の魔法の練習場になっているプライベートビーチに向われてしまった。
そしてアラン様に「よかったらその間、俺と少しお話をしませんか」と声をかけられ、彼の部屋に招待されたのである。
なんだろう。あれか?「大事な妹にどこの馬の骨ともわからん平民がくっ付いているのが気に食わん。速やかに屋敷から消え去れ、この身の程知らずめ!」ってやつか?
…いやそれとも、あれか?「…汚らわしいロ〇コンめ、この俺が成敗してくれる!」ってやつ?
って思ったけど、今のところアラン様とのお茶は非常に穏やかな雰囲気である。実際に話してみたら見た目よりも砕けた感じの方で、意外と話しやすいし。
…それにしても紅茶を嗜む姿が絵になるな、金髪の貴公子は。
「ベックフォードさんは、今お付き合いされている方はいますか」
「彼女ですか?いや、今はいないですね」
「そうですか。…では、気になっている方などは?」
いないわけではないんですけど、相手のことは口が裂けても言えません。特にあなたには。
「…今は特にいないですね」
「…なるほど。ちなみにどんなタイプの方が好みですか」
「どんなタイプ…ですか。うーん。どうなんでしょう。あまり考えたことないですね」
これ何の問答だよ。…はっ、あれか?ロリ〇ン疑惑に対する取り調べか!?
「なんでもいいですよ?たとえば、顔のこのパーツにこだわりがあるとか、こんな性格の子に惹かれるとか、こういう仕草をされるとグッとくるとか。あとは…年上と年下ならどっちが好きとか」
…え、えええ?まさかここで食い下がってくるとは。
「…そうですね。強いて言うなら外見と性格のギャップを感じたときはこの子、面白いなって思いますね。年齢はあまり気にしません」
「ギャップいいですよね!わかるわかる。あ、ちなみに年齢は上下何歳までOKですか」
俺が言った「強いて言うなら外見と性格のギャップを感じたとき」というのは実は「黙っていると冷たそうに見えるお嬢様が俺に満面の笑みを向けてくれる瞬間」のことを指しているんだけど、もちろんそんなこといえるはずがない。
…てか続けるの、これ?なんでほぼ初対面の野郎二人がガールズトークみたいな会話をしないといけないんだ。
結論からいうと、続いた。俺に対する取り調べ?から自然な流れでアラン様とラインハルト様の馴れ初めに話が移り、ローズデール家とラインハルト家の関係などでご両親に認めてもらえるまで大変だったとか、まだ婚約には至ってないからこれからも頑張っていろんな人を説得していく必要があるって話を聞かされた。
なるほど。お嬢様が真っ先にお二人の味方になって応援していたのか。でもその話をなぜ俺に一生懸命聞かせるんだ。あれか?自分の彼女が可愛すぎて初めて会う相手にはとりあえず惚気ておかないと気が済まない人なのか。
…まあ、確かにそうしたくなる気持ちも分かるくらい美しい彼女さんではあるけど。
「結局、俺が何をお伝えしたかったかというとですね」
「…はい」
「手が届かない存在に見えたり、周りから歓迎されない交際に見えたりするものが、実は案外そうでもないかもしれない、ということです」
「は、はぁ…」
「あと、当たって砕けるつもりで突撃してみたら、意外なところから味方が現れるかもしれません。少なくとも俺はそうでした」
「なるほど…」
いやあの…なんだそれ?おかしなことをいう貴公子だな。そのまとめ方だとまるで「俺が応援してやるからさっさとうちの妹に手を出せや、このヘタレロ〇コン野郎」って結論に見えるじゃねーか。
…いやそんなわけないよな、きっとどこかで解釈を間違えたはずだ。
その後部屋の窓からお嬢様とラインハルト様が屋敷に戻ってくるのが見えたので、貴公子との謎のお茶会はお開きとなり、俺たちは玄関にお嬢様とラインハルト様を迎えにいった。
そしてアラン様は「頑張れよアニキ」って感じで俺に小さく頷いてから、自分の幻想的な彼女のところに歩み寄っていった。自分の仕事に納得した男の満足気な横顔をしていた気がする。
……謎だ、あの貴公子。
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何卒…!




