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12話 向き不向きがあるようです

 メイソンがうちの屋敷に来て1か月が経った。彼が引き受けてくれた私の専属護衛の業務だけど、申し訳ないことに、正直、実際にはやることがほとんどない。なぜならうちの屋敷は数々の結界や魔法陣で厳重に守られていて、おそらく王国内でも一二を争うほど安全な場所だからである。


 そして護衛対象の私自身も、お姉様レベルのチートでも出てこない限り自分の身くらいは余裕で守れるだけの魔導士に成長している。だから私に専属護衛が必要かと言われたら、ぶっちゃけ不要なのだ。


 かなりの頻度で部屋に呼び出して話し相手になってもらったり、特に用事もないのに二人で外出してデートを楽しんだりはしているので、それっぽい仕事がないわけではないが、もはや「専属護衛」というよりも「お嬢様の彼氏(仮)」といった業務内容である。


 …実戦から遠ざかることを気にしているらしい彼にとっては、もしかしたら不本意かもしれない。


 ということで、彼のローズデール家における仕事で、割とちゃんとしたものがあるとすれば、私に対する剣術の指導くらいである。


「……あの、元気出してください、お嬢様。最初からうまくできる人は少ないですよ」

「…ごめんなさい」

「あ、いや…謝らないでください?頑張っていらっしゃるのはよく知ってますし…」


 困ったような顔でフォローを入れてくれるメイソン。優しさが心にしみる。でもやっぱ落ち込むな…しょんぼりするわ。


 ……メイソンによる剣術の指導は、正直全くうまくいっていない。彼が悪いわけではない。完全に私側の問題。どうやら私には剣術の才能が全くないらしく、どんなに頑張っても一向に上達しないのだ。


 たった1か月で強くなれるなんて剣術ナメてるんじゃねーよって?違う違う、すぐに強くなれるなんて全く思っていない。


 強くなれる云々以前に、剣の持ち方、構え方、振り方、足さばきなどの基本的な部分で、その中でも特に「基礎の基礎」のところでさえ未だにまともにできないのだ。


 もちろん、練習をサボっているわけではない。メイソンに教えてもらっているのにそんなことするはずがない。魔法を学び始めた時と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に頑張って練習している。


 それなのに…なんで?同じく体を動かす系のダンスは得意とまでは言えなくても普通にできているのに。まるで体が剣を握ることを拒否しているかのようにうまくいかない。


 メイソンの構え方を完コピしたつもりで構えてみても、いつの間にか腰の引けた間抜けな構え方になってしまうし、簡単な足さばきに挑戦してみたら豪快に転んでしまう。


 極めつけは会心の一撃のつもりで振った木剣が引きつった顔で私の様子を見ていたメイソンの眉間に向かって勢いよく発射されたことである。簡単に避けてくれてよかったけど。


 もうね、剣術をやってみたことで逆に自分がどれだけ魔法の才能に恵まれていたかがわかった。魔法では『ルイン』でやらかした時以外は、特にこれといって躓いたこともなければ、壁に当たったこともなかった。


 それと比べ剣術の方は…入り口のドアを開けた瞬間いきなり目の前に嘆きの壁が現れて跳ね返されたような感じだった。


「たぶんね、俺の教え方というか…俺の剣術自体がよくないと思うんですよ…」

「メイソンは悪くありません。私の飲み込みが悪すぎるだけです…」

「いや、そんなことないんですよ、本当に。俺の剣術って…なんていいますかね。理論とか基礎の部分があまりちゃんとしてなくて、感覚的な部分にだいぶ頼っちゃってる感じなんですよ。だから初心者の方に学んでもらうには結構ハードルが高いというか…」

「……」

「正直、お嬢様の護身のための剣術なら、国の騎士とかから体系的な指導を受けた方がいいと思うんですけど…」

「でも私はどうしてもメイソンに教えてもらいたいと思ってます。……ダメですか?」


 必殺上目遣い。そもそも「あなたに」教えてもらうことがこの剣術指導の主な目的ですからね。


「……わかりました。ちょっと俺の方でもいろいろ考えて工夫してみます。…とりあえず今日はここまでにしましょう」

「…はい、ありがとうございました」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 とまあ、こんな感じで剣術の練習はあまりうまくいってなくて残念だけど、それでも私は幸せだった。幸せすぎて怖いくらい。毎日メイソンの顔が見られて、彼と一緒の時間を過ごせる。もうそれだけで十分。他に何もいらない。


 だって前世では1週間くらいしか一緒にいられなかったからね、1か月も一緒にいられただけでもう大満足なわけですよ。


 ……なわけあるか。私は強欲さが売りの悪役令嬢チェルシー・ローズデール。一緒にいられるだけで大満足なわけがない。早く私のこと好きになってほしい、早く彼とイチャラブしたい、もう待てない今夜抱いてほしい。


 ……最後のは明らかに頭おかしい発言だったね、すみません、自重します。


 もちろん、一緒にいられるだけで死ぬほど幸せというのも本心ではあるけど、どうしても早く親密な関係になりたいと思ってしまう。なにせ私は、前世でたった一晩のサシ飲みで心の奥の奥まで完堕ちした筋金入りのチョロインなのだ。

 

 それなのに彼ときたら、なかなか手を出そうとしてくれない。めちゃくちゃ分厚い心の壁を感じる。名前で呼んでってお願いしても公私混同はよくないとかいって「お嬢様」という呼び方を貫いているくらいだ。前世ではすぐに呼び捨てにしてくれたのに。


 そのくせに自分は私の使用人に近い立場だから自分のことは呼び捨てにしてくれって。その理由だとせっかくのファーストネームの呼び捨てなのに、それが好きな男性への親愛を込めた「メイソン♡」であることがちっとも伝わらないじゃない。


 お言葉に甘えて、こっちとしては「メイソン♡」のつもりで呼び捨てにさせてもらっているけど、なんだかとても不本意だよ。


 ……もう奥手すぎ。ガード硬すぎ。前世では一緒に旅をするようになって4日目にはベッドに引きずり込んだくせに!


 いや、わかるよ?前世と今とじゃ状況が違いすぎるって。前世で私が彼と愛し合っていたのは私が18歳のとき。しかも当時の私は一週間後には修道院に閉じ込められる予定の罪人で、貴族の身分もはく奪済み。そして修道院につくまでは二人きりの旅路。


 …そりゃ手を出しやすいよね。お手頃だよね。後腐れないよね。本人も「修道院につくまでの間だけでいいから、私のことを愛して。夢を見させて。それだけで私は一生あなたを想いながら幸せに生きていける」とか言ってたしね。


 それに比べ今はどうか。現役の公爵令嬢。依頼主の娘。業務上の保護対象。年齢は8歳年下で12歳。……ハードル高っ!それこそ嘆きの壁じゃん。


 まず12歳ってとこが致命的だよね。20歳の大人が手を出した瞬間、即刻ロ〇コンの烙印を押され社会的に抹殺される。貴族同士の政略結婚ならあり得ない話でもないけど、残念ながら彼は平民。「家同士の関係で仕方なく幼妻を娶る」という言い訳は成立し得ない。


 公爵令嬢ってのもキツイよね。私に手を出してお父様の怒りを買ったら最悪魔道王国をまるごと敵にまわすことになるんじゃないかって思っちゃうよね。しかもあながち間違いでもないし…。


 お父様がその気になったら割と簡単に国家権力を動かせると思うんだ。実際に前世では娘が罪人になったというのに家はほぼ無傷だったしさ。


 そして依頼主の娘ってところもね…。しかもお父様ってメイソンのことが結構気に入っちゃったらしく、割と気にかけてるんだよね…。メイソンの性格なら「お嬢様に手を出す?いやいや、お世話になっている旦那様を裏切るような真似はできない」とか思っていそうだよね…。


 冷静に考えると結局、私がもう少し大人になるまでは、財力・権力・魔力・人脈を総動員して死ぬ気で彼の恋路を邪魔して握りつぶしながら、時を待つしかないのかなって気がする。


 並行して自分を磨いて、健気に想い続けるなりあざとく誘惑するなり禁忌の黒魔法を習得して心を操るなりしてなんとか手を出してもらうと。……最後のはダメなやつか。


 …と一人で悶々としながらいつものベランダで脳内作戦会議していたところに、うちの『神メイド』が声をかけてきた。


「お嬢様、少しご相談させていただきたいことがあるのですが…よろしいでしょうか」

「もちろん!どうぞおかけくださいな」

「ありがとうございます」


 彼女から相談って珍しいね。頼りにしてくれている感じがしてちょっと嬉しい。どんなことでもちゃんと力になってあげなきゃ!少しだけ世間話をして、本題への突入を促す。すると彼女はなんと…


「不躾で我儘なお願いなのですが…」

「そんなの気にしなーい、私とアイリーンの仲じゃない。なんでもどうぞ!」

「…私もベックフォードさんから剣術を学ばせていただけないでしょうか」

「…っ!?」


 ……ま、マジっすか。ついさっき死ぬ気で彼の恋路を邪魔しながら時を待つって言ったけど、まさかお相手第一号がアイリーンになるとは…。どうしよう……。


 クールで落ち着いた性格でありながらも気配り上手で心優しいアイリーンなら、きっとどんな男性にとっても最高の彼女、最高の奥さんになれるだろう。メイソンにとってもきっとそうだ。


 外見的にも性格的にもメイソンとの相性はとてもよさそうな気もする。…うん、今二人が並んでる姿を想像してみたけど、シャープな印象が共通していて、「カッコいい大人のカップル」って感じで大変お似合いである。


 …なんか泣きたくなってきた。……そうね。相手がアイリーンなら、仕方ないのかもしれない。もしどうしてもメイソンを誰かに譲らないといけないのであれば、その相手はアイリーンがいい。


 すぐには祝福できないかもしれないけど、相手がアイリーンならいつかは「メイソンのことをよろしくね」と心から思えるようになるかもしれない。


 ……でもやっぱり嫌だ、諦めたくない。最後は諦めないといけないかもしれないけど、せめてメイソンの気持ちを確かめてからにしたい。


 …でももしメイソンとアイリーンがもう両想いだとしたら?私耐えられるのかな?…妾や愛人としてメイソンの側においてもらえないか、メイソンとアイリーンにお願いしてみる?


「…ご、ごめんなさい、お嬢様。言葉足らずでした!お嬢様は今、間違いなく誤解をされていますー!!」


 驚きとショックと絶望で顔面蒼白になった私を見て、何かに気づいたのかアイリーンが慌てて叫んだ。……あれ?私なんか勘違いしてる?



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 な、なーんだ。よかった。完全に私の早とちりだった。やだもう、恥ずかしい。


 どうやらアイリーンはメイソンのことが好きになって彼にお近づきになるために剣術を学びたいわけではないらしい。


 「ベックフォードさんからお嬢様を奪いたいと思うことはあっても、お嬢様からベックフォードさんを奪いたいと思うことは絶対にありませんから安心してください」ってことを、柔らかい微笑みを浮かべながら言ってた。


 ……なんかセリフの前半部分に慎重な解釈を必要とするところがあるような気がして、ちょっと安心はできない…かな。


 どうやら彼女は、メイソンが屋敷に来てからの私の行動を見て、メイソンと一緒になるためなら私は本当に家を出て冒険者になるかもしれないってことを痛感したらしい。そしてもしそうなったとしても一生私のメイドでいたいから、そのためには自分にも身を守るスキルが必要と考えて、剣術を学ぶ気になったらしい。


 で、剣術を学ぶ相手がメイソンなのは、彼の剣術が実戦向きというのもあるけど、何よりもメイソン本人が「護衛はそもそも必要なのかどうかも怪しいし、お嬢様の剣術指導は結果が出ない。自分は完全に給料泥棒だ」と自らの存在意義を疑ってるらしく、実際に私を構っている時以外は割と暇を持て余している彼から学ぶのがちょうど良いと思っただけらしい。


 ……なんて健気で優しい子なんだろう。先ほど勝手に彼女をライバル視して「すぐには祝福できないかもしれないけど」みたいなことを抜かしてたどっかのクズ主人に闇属性の上級魔法をぶっ放してやりたい。


 冒険者夫婦がメイドを雇うというのも変な話だけど、…うん、彼女のために頑張ろう!高収入が得られる仕事を探して、私の収入でアイリーンを一生養ってあげれば良いんだ。うん、それがいい!…そうね、魔道具の製造販売とか良いかもしれない。今度そっち系の魔導書を読んでみよう。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌日、いつものようにメイソンに私の部屋に来てもらって、アイリーンへの剣術指導について打診してみた。二つ返事で快諾してくれて、その分の給料は別途支払うという提案は辞退されてしまった。


 なんて純粋で誠実な青年なんだろう。やっぱ彼が悪い女に騙されないよう、私が守ってあげなきゃ…!


 そこから雑談に持ち込んでいつものようにメイソンの話を聞きながらニコニコしていたところで、珍しくメイソンの方から話題を変えてきた。


「…そういえば前から気になってたんですけど…」

「お、私への質問ですかぁ?どうぞ♪」

「ではお言葉に甘えて…。えっと…その、今回の仕事が、指名クエストになった理由、まだ伺ってないなぁ、って」


 あ、そういえばそれまだ言ってなかったな。忘れてた。


「…ああ、そういえばまだお伝えしていませんでしたね。ごめんなさい」

「あ、いえ、まだ言えないような内容でしたら全然いいんですけど」

「別にお伝えできない内容ではないんですけど…かなり突拍子もない話なんですよね…」

「……もしよかったら教えていただけませんか。正直ずっと気になってて」


 そうだよね。気になるよね。契約前は「裏事情」みたいな感じで誤魔化してたから、なんとなく聞きにくかったんだろうしね。申し訳ないことをしたな。


「…そうですよね。私、いつか必ずお伝えすると言ってましたしね。わかりました、むしろお伝えするのが遅くなってごめんなさい。…でも一つだけ、約束していただけますか」

「……」


 真剣な表情でほんの少しだけ首を縦に振ることで「続けて」の合図をする彼。


「これからお話する内容をすべて信じてほしいとは言えませんし、正直話を聞いたら馬鹿馬鹿しいって思ってしまうかもしれません。でも、それでも「うちを去る」ということだけはやめていただきたいんです。…指名クエストになった理由がどんなものであっても、これからもうちでお仕事を続けていただけますか」

「…はい。それは約束します」


 これから予知夢だの命の恩人だの訳のわかんない話をするわけだ。「小娘の妄想なんかに付き合ってられるか」と思われるかもしれないけど、それでうちを出てってもらっては困る。


 だから、事前にこれからも一緒にいてくれるという言質をとっておきたい。ズルい小娘で結構。目的のために手段は選びません。


「…ありがとう!では、少し長くなりますけどご説明しますね。えっと、どこからお話しよう。…そうですね。まずは、ローズデール家に伝わる『見通す眼』と呼ばれる能力について」


 そこから、私は彼を探し出して屋敷に来てもらうことにした理由について説明した。「前世」とか「運命の人」とかの本音に近い内容は伏せて、基本的にお父様に説明した内容に寄せた内容にした。


 一瞬「あなたは前世からの恋人で私の運命の人。だから今すぐ抱いてください」とおねだりしてみるという素敵なオプションが浮かんできたけど、さすがにドン引きされるよね。彼にドン引きされたらそれこそ修道院行き待ったなしである。よし、よく自制した、私。


 真面目な話、彼には私が「前世」とか「予知夢」が理由で彼のことが好きになったと思われたくなかった。


 いや…まあ、実際には前世の彼に惚れたわけだけど、それだと今私の目の前にいるメイソンはきっと良い気はしないし、納得もできないだろう。そしてそんなぶっ飛んだ理由で彼が好きだという小娘のことを好きになってくれるはずもない。


 だからきっかけは前世だとしても、私は今のメイソンと向き合ってまた彼のことを愛していきたいし、彼にもこれからの私を見て少しずつ私のことを好きになってもらいたい。…まあ、前世の影響で出会った瞬間…いや出会う前から好感度MAXだった究極のチョロインのくせによく言うよって話だけど。


 私の話を真剣に聞いてくれた彼は、どうやら私の『見通す眼』の話に納得した様子だった。なんか嘘をついているようで良心の呵責が半端ない。てか嘘ついてるよね。…嘘つきの彼女(仮)でごめんなさい、メイソン。将来ベッドでいくらでもお仕置きしてね。


 ……彼が来てから自制が効かなくなってきてるな、私。気をつけなければ。


 ちなみに翌週から早速メイソンによるアイリーンへの剣術指導が始まったが、アイリーンは剣術に凄まじい才能を持っているとのことで、初日で私の1か月分の進捗を超えてしまったらしい。


 ……か、悲しくないもん!ぐすん


でも私はどうしてもあなたにブックマークや☆での評価をいただきたいと思ってます。……ダメですか?(上目遣い)

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[良い点] 面白いです。 [気になる点] 嘆きの壁がハードルが高いように書かれていますが、壁の中の神殿は破壊されていて、捨て置かれた壁なので壁としての役割は果たせないのかなと思いました。 [一言] 嘆…
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