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11話 駄々をこねてみました

 ここ一週間、私はとても上機嫌だった。どれくらい上機嫌だったかというと、この一週間で私と会話を交わした人のうち実に90%以上が「お嬢様、なにか良いことありましたか?」という趣旨の質問をしてくるくらい上機嫌だった。ちなみに残りの10%弱は最初から上機嫌の理由を知っている人たちだった。


 少し気を抜くとすぐに前世の思い出か、幸せな未来予想図にトリップしてしまうから困る。自分がデレっとした締まりのない顔をしているだろうなってことが自分でもわかる。


 一昨日はなんか興奮を抑えきれなくなって屋敷のビーチで覚えたての水属性上級魔法をぶっ放したら想像以上に海が荒れて、さすがにお母様に怒られてしまった。


 昨日は、屋敷に来てまだ数日の新人メイドちゃんが私のお気に入りのドレスに葡萄ジュースを零してしまった。顔面蒼白になってガタガタ震えながら泣きそうな顔で謝罪してきたから「大丈夫よ、失敗しない人なんていないから」と言いながら優しく抱きしめてあげた。なぜか号泣されてしまった。


 世の中こんなに素晴らしいんだから、お気に入りだったとはいえドレス一着ダメになったくらいで目くじらを立てることないよね。うち、金持ちだからドレスなんかまた買えばいいしさ。オーホホホホ。


 そういえばあの子、前世でも屋敷にきて早々に私のドレスにジュース零してたね。前世では確か30分くらい罵倒し続けながら頬が真っ赤に腫れ上がるまでビンタしてたっけ。その後、私の顔見るたびに恐怖に怯えた顔をするものだからそれも気に食わなくて余計いじめていたような気がする。


 ……やはり前世の私、最低だったね。


 …ま、まあ、前世の私がいかに最低な女だったかという話はこの際一旦おいといて、私が今こんなにも上機嫌な理由。それはもちろん、当然ながら、言うまでもなく、……見つかったからである。そう、メイソンが。私の旦那様が。私の王子様が。私のご主人様が…!


 彼の捜索には思いのほかさほど時間はかからなかった。最初に捜索協力要請と指名クエストを出したのはうちの国の冒険者ギルドだけだったけど、1か月経っても見つからず。


 「やっぱそう簡単には見つからないか」と少し落ち込んでしまった私だったが、その後隣国に捜索範囲を広げてみたらすぐに彼らしき人物が見つかったとの連絡がきた。


 メイソン・ベックフォード。20歳。キャリア約5年の若手冒険者。髪と瞳の色は黒。やや長身の標準体型。ジョブはソードマスターで、ロングソードとマン=ゴーシュの二刀流の使い手。うん、ほぼ間違いないね。てか彼が持ってた短い方の剣、「マン=ゴーシュ」というんだ。知らなかった。


 いやー世界中を旅しているはずの冒険者をピンポイントで探し出すのって本当にできるの?と最初は半信半疑だったけど、意外と簡単にできるものなんだね。金と権力にものを言わせた感は否めないけど。


 …いけ好かない小娘でごめんね。でも私が家の金と権力を使えるのはたぶん後数年だけだから許してね☆


 ……ダメ?



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 いよいよ今日は、メイソンがうちの屋敷にやってくる日である。深呼吸をして、鏡の中の自分を見つめてみる。シンプルで上品な青いドレスを身にまとった、緊張した面持ちの少女が鏡の中にいた。


 ゆるく巻いたシャンパンゴールドの髪に、背伸びしているように見えないギリギリのレベルで大人っぽく仕上げてもらったメイク。…うん、文句なしの美少女である。


 自分で美少女言うなって話だけど、今日だけは許してほしい。だって、今日の私の姿はローズデール公爵家の財力、権力、努力、女子力が惜しみなく注ぎ込まれた、ローズデール家の300年歴史の集大成、いわば「ローズデールの本気」なのだから。これで美少女にならなかったらうちの家ダメじゃんって話になっちゃう。


 …うん、大袈裟だね、私。


 今日のために久しぶりに…というか前世ぶりにドレスとかアクセサリーとか香水とか化粧品とかいろいろおねだりして最高級のものを揃えてもらった。間食やめてダンスレッスン増やしてシェイプアップにも努めた。ここ一週間は毎日入念に髪と肌のケアをしてもらっている。今日は早朝から4時間かけてヘアアレンジとメイクをしてもらった…!


 何せ今日は将来の旦那様との初対面。結婚式の次くらいに重要なイベントなのである。しかもこれから私は、12歳の小娘のくせに20歳の超イケメン(私基準)を落とそうという無理難題に挑むのだ。


 お姉様のようなチートな美貌を持っているわけではないんだから、努力(というか財力?)でカバーするしかない…!


 ……少しでも可愛いと思ってもらえるといいな。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「遠いところからよく来てくれたね!歓迎するよ。私が今回の依頼を出させてもらったアントン・ローズデールだ」

「妻のエレナと申しますわ。よろしくお願い致します」

「……!……!!娘のチェルシー…です。よろ、しくお願いしま…す」

「…!?は、初めまして。メイソン・ベックフォードと申します。今回このような機会をいただき光栄です。よろしくお願いします」

「……チェルシー?どうしたの?」

「な、なんでも…ないです…」


 ……はい、そして早速やらかしましたー。今日のために頑張ってくれたみんな、本当にごめん、使えないお嬢様と罵ってくれてかまいません…。お父様、こんな出来損ないの娘のために無駄遣いをさせてごめんなさい。


 もうダメだ、修道院に行こう。やっぱり私にはセント・アンドリューズがお似合いだわ。


 十分、心の準備をしたつもりだった。でも実際には全くできていなかった。彼の顔を見た瞬間、嬉しさ、切なさ、安堵、興奮…もういろんな感情がごちゃ混ぜになって爆発してしまった。だって私にとっては、死をも乗り越えて4年ぶりに最愛の人と再会した瞬間だったわけだからね。


 でも彼からすると、私はきっと自分の顔を見た瞬間、急に取り乱して泣きそうになっている訳の分かんない小娘だ。実際に「えっ?」って顔してたし。…間違いなく彼の中で私の第一印象はよくなかったんだろうな。……悲しい。

 

 とりあえず一旦退室させてもらって、深呼吸してから涙でメイクが崩れてないかを急いで確認する。静かに付き添って無言で私に鏡を差し出してくれたのはもちろんアイリーン。…いやちょっと有能すぎじゃない?『神軍師』の生まれ変わりかな?


 うん、大丈夫。よし、今度こそ落ち着いて頑張るぞ!


「ごめんなさい、失礼いたしました」

「あ、いえ、お気になさらず…」

「チェルシー、気分が優れないのであれば、部屋に戻って休んだらどうだ?」

「そうよ、チェルシー。無理をしてはいけませんわ」


 いいえ、今が無理のしどころです。


「いいえ、もう大丈夫です。ご心配には及びません」

「…わかった。では早速だが、私から今回の依頼の詳細について説明しよう。まず今回の依頼に至った経緯だが……」


 それからお父様がクエストについて一通り説明を行った。私の「夢」の話は対外秘なので、単に12歳になってこれから一人で活動することが増えるから、常時私に付き添う専属護衛を探しているという説明になった。


 そして私が剣術に興味を持っているので、剣術の指導も依頼内容に含まれるという説明があった。


 これは最初に指名クエストを出す際には考えてなかった内容だけど、「彼から剣術を学んだら共通の話題にもなるし、頑張っている姿のアピールにもなる、あと将来冒険者になるなら接近戦の基礎は必要」ってことに気づいて途中から追加してもらった。


 だから今のクエスト内容は確か私の護衛「等」になっているはずである。その「等」が剣術指導なわけね。


 真剣な顔でお父様の説明を聞くメイソン。見惚れる私。…ヤバッ、一瞬目があった。私、今、例の締まりのないデレっとした顔になってたのでは!?……最悪。またやらかしてしまった。


 ……やっぱ修道院だな。うん。そうしよう。それがいい。


 彼がお父様に「どうして自分への指名クエストなのか」という質問をした。そうだよね、彼の立場で考えると、そこが一番謎なんだろうね。


 でもさすがに「うちの娘は予知能力者で君に命を助けてもらう予定だからだ」とは言えないから「クエストを受けてくれたら追々説明する」という曖昧な回答になってしまっている。いや回答にもなってないよね。


「正直、今回出していただいている条件だと、俺より遥かに高い実績を持つ冒険者を複数名、雇えると思うんですよ…。それに、俺の剣術は護衛の仕事にもお嬢様が学ぶ護身術にも向かないと思うんですよね…」


 ……ううん、あなたじゃないといけないの。あなたじゃないと意味がないの。

 私は静かに立ち上がった。


「……あの、よろしいでしょうか」

「…チェルシー?」


 戸惑った様子のお母様。そしてお父様は私の方を見て小さく頷いてくれた。ありがとう、お父様!


「今回のクエスト、きっとベックフォード様のお立場からすると、何か裏があるようであまり気が進まないお話ではないかと思います」

「…いや、まあ……」


 きっと彼にとっては胡散臭いことこの上ない仕事なんだろう。「この仕事には裏事情があるけど、そこは聞かずに受諾してね」って言っているわけだから。


 いくらお金がよくても私が彼ならたぶん断る。でも、彼に断られたら私は困る。だから私は、世間知らずで我儘な悪役令嬢らしく、駄々をこねることにした。


「本日すべての詳細をお伝えできず、申し訳ございません。でも今回のお仕事、絶対にベックフォード様でないといけない理由があるんです。その理由はいつか必ず説明しますので、どうか前向きにご検討いただけないでしょうか。お願いします!」

「えっ、ちょっ…!」


 深々と頭を下げる。もしこれで前向きな返事をしてくれなかったら次は土下座して、その次はあなたの足にしがみつきますよ?


「……わかりました。受諾します。だからどうか頭を上げてください」

「…ありがとうございます!!」


 やったー!!大成功!!

 これから一生、よろしくね!!絶対幸せにするから安心してね!!

もしこれでブックマークや☆での評価をしてくれなかったら次は土下座して、その次はあなたの足にしがみつきますよ?

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― 新着の感想 ―
[一言] >前世では確か30分くらい罵倒し続けながら頬が真っ赤に腫れ上がるまでビンタしてたっけ うわー・・・・ まじかうわー こりゃ浮気されても仕方ないんじゃないか 王子が婚約者に不満があるせいで浮…
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