プロローグ
「寝ちゃダメだ、チェルシー!!今寝たら死ぬぞ!!」
…うん、私もそう思う。でもごめんなさい、とても眠いんだ。もう限界…。
「しっかりしろー!寝るな!!目を開けろ!!」
私はゆっくり目を開け、私の隣で海に浮かぶ瓦礫を掴んで浮かびながら必死に声をかけてくれている、私の最愛の人に微笑みかけた。
私もたぶん、彼と同じような格好で夕方の海に浮かんでいる状態…だと思う。もういろいろと感覚がおかしくなって自分がどのような状態なのかもはっきり認識できないけど。
「ねえ、メイソン…、聞いてくれる?」
よかった、声を出す機能はまだ辛うじて残っていたらしい。
「ああ、聞くよ、いくらでも聞くから何でも話して」
「あなたに出会えて…。本当に…よかっ…た」
「ああ、俺もだ。だから寝るなよ。もう少しすれば助けが来てくれるはずだ。そしたら一緒に逃げよう。遠い国へ逃げて二人で暮らそう!なあ、チェルシー、チェルシいぃー!!」
私が再び目を閉じようとするのを見て、彼が叫ぶ。
でももう私は、眠気に逆らえない。目を開けていられない。必死に叫ぶ愛しい人の声が、段々遠くなっていく気がした。
「あり、がとう…。あな、たを…愛して…いま…」
彼に出会えて、短い間だっただけど一緒の時間を過ごすことができて、本当によかった。私の人生最後の1週間は、それまでの18年間の合計分よりも遥かに価値のある時間だったと心から思う。
間違いなく彼のおかげだね。本当にありがとう、メイソン。
…でもやはり悲しいな、彼ともっと一緒にいたかったな。もっと彼の笑顔を見ていたかったな。
もし今から人生をやり直せるなら、彼とずっと一緒にいたい。一生かけて彼を愛して、彼と幸せに生きていきたい。
そんなことを思いながら、私は深い眠りについた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目が覚めた瞬間、どこか懐かしい感覚がした。
「…あれ?ここは…?」
うん?なんか自分の声にちょっと違和感があるぞ?と思いながら、私はとりあえず周りの状況を確認してみた。天蓋付きのキングサイズベッドに、青と白を基調にした豪華でありながらも上品なインテリアが施された無駄に広い部屋。
壁一面は丸ごと窓になっており、一目で高級とわかるレース付きの内カーテン越しには夕焼け色に染まり始めた午後の海が見えていた。
(…えっ、ここ実家の私の部屋…だよね?)
このオーシャンビューの豪華すぎる部屋は、間違いなく私が生まれ育った屋敷の自室だった。
(もしかしたら助かった…?それとも死後の世界?)
状況が全く読めない。少し冷静になって状況を整理してみよう。
私の名前はチェルシー・ローズデール。魔道王国シェルブレットの建国功臣の家系で、「三大公爵家」のうち一つに数えられるローズデール公爵家の長女。18歳。
婚約者だったこの国の第二王子に浮気され、その浮気相手に執拗に嫌がらせ行為をした。
そしてその嫌がらせが原因で公衆の面前で王子から婚約の破棄と、ありったけの罵倒、そして離島の修道院への島流しを言い渡されるという、まるで物語の中の悪役令嬢のような人生を歩んでいた小娘である。
…まあ、今となっては王子も浮気相手もどうでもいいけど。
で、その修道院への護送の途中に突風だか台風だかに巻き込まれたのか、乗っていた船が大破して沈没、なんとか瓦礫につかまって、数時間?いや1日近く?粘りに粘ったけど、結局助けなど来ず、たぶん海上で命を落としていたはずである。
それがどうして、気が付いたら実家の部屋にいるのだろうか。心残りがあって成仏できず、幽霊にでもなったのかな。
それとも奇跡的に助かった?いやでも実家からは勘当されているから、助かったとしても屋敷の自室で目が覚めるというのはあり得ないと思うんだよね。
(…うん、やっぱり落ち着いて状況を整理してみても訳が分からないな。誰かに聞いてみよう)
そう考えた私は、ベッドから身を起こした。
…うん?なんか身体にも妙な違和感がある。なんか軽いというかなんというか。幽霊だからか?
ふと気が付くと、鏡が視界に入っていた。
「…!?!?」
そこに映っていたのは上品なシャンパンゴールドの長い髪と、サファイア色の瞳を持つ、やや吊り目の冷たそうな印象の美少女(うん、自分で美少女いうなって話だよね)。間違いなく私である。
……たぶん8歳か9歳くらいの時の。
「えええええええええええ!?」
私の悲鳴が、屋敷中にわたり響いた。
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