犯人さんと真の敵(前編)
「息子を誘拐した。無事に帰してほしければ、現金八千万を用意しろ。分かっていると思うが警察には絶対言うな。また連絡する。」
久々の休日、3時過ぎにかかってきた電話に私は驚いた。
息子を誘拐した。昌也が誘拐されたのか?
クックック……私は笑いが止まらなかった。なんて好都合なのだろうか。
昌也(当時4歳)は私の奥さんの連れ子だ。
私にとっては何の愛情も持てずに、むしろ疎んでいたぐらいだ。
あいつが私の財産を、いずれ食い潰すことを考えては胸糞悪くなったぐらいだからな。
無論最低限度の親子としては接してきてきたが、そこには愛情というものはまったく存在しなかった。
さて、このチャンスをどう生かそうか。私は考え始めた。
まず由美子に連絡しようか?由美子はいまの時間仕事に出ているが、携帯にかければ出てくれるだろう。
しかし、な。由美子は昌也を溺愛しているからな。
なんとか八千万集めようとするかもしれない。
八千万といえばいくら私でもそこそこの大金だ。が、出せなくはない。
故に、由美子は私になんとかお金を用意させそうだ。それは困る。
息子が帰ってきた上で、八千万取られたら、最悪だ。
そのパターンを考えると由美子には言わない方がいいが……それも駄目だな。
後ほど、何故連絡をよこさなかったのか、問い詰められることは目に見えている。
仕方ない、後ほど電話しよう。それよりも警察だ。警察に電話しよう。
私は受話器に手を伸ばした。……待てよ?電話しない方がいいのかもしれない。
映画やアニメなどでは警察に電話しても誘拐された子供は殺されないパターンが圧倒的に多い。うーん……、所詮映画はフィクションだからな。やっぱり、警察に言うと殺されるのかな。
その辺の事は次に犯人から電話がかかってきたときにさりげなく聞いてみよう。
また、警察が介入するのはコチラとしてもよろしくないな。
なんだかんだ言っても日本の警察は優秀だ。
あっというまに犯人を逮捕し、息子を無事救出するかもしれない。
それはまあ、まだマシだが、このチャンスをまったく活かせてない。
なんとか、息子を殺されて、お金は一切減らずに、妻や世間様にも顔を向けられるようなウルトラCはないだろうか……。
考えていると、電話がかかってきた。きっと犯人だ。私はニヤニヤしながら受話器を取った。
「はい、牧村です。」
「………どうだ、お金は用意できそうか。」
やはり犯人(いや、今後は犯人さんと呼ぼう)からの電話だ。
「それなんですけどね、ちょっと高すぎません?」
私は軽い気持ちで言ってみた。
「……………お前、牧村病院の院長だろう?お前にとって八千万は、はした金のはずだ。」
やはり私の事は知っていたか。まあ普通誘拐する前にどこの家の子(義理の息子であることまでは調べなかったのだろうか?)かは調べるわな。
「いや、その、今チョット経営がやばくて、その、借金もあって………。」
「息子が帰ってこなくてもいいってことか。」
犯人さんがものすごく低い声で私の話を遮った。
帰ってこなくてもいいけど、帰ってこなくてもいいです、とは言えないな。
後ほど犯人さんが捕まった時に私の印象が悪くなりかねないからね。
「えっと、その……ちょっと時間がかかりそうです。」
「6時までに用意しろ、いいな。」
「……わかりました。がんばってみます。」
時刻は今4時。あと二時間か、不可能ではないな。
「警察には言ってないだろうな?」
おっと、警察のことを相談してみよう。
「えっと、警察に言ったらどうなりますかね?」
「………お前は馬鹿か?二度と息子のツラが拝めなくなると思え。」
そいつは好都合、願ってもない。
「ではそれでお願いします。失礼します。」
ガチャッ。
犯人さん「うおーい!!!マジで!!」
とかなったらすごく面白いな。私は上三行を妄想してニヤニヤした。
だが待てよ、お金が全く手に入らないと分かった犯人は息子を殺すだろうか?
……殺さない気がする。少なくとも私なら、ハイリスク、ノーリターンは望まない。
息子を開放して、ローリスク、ノーリターンの方がまだマシだ。そしてそれは困る。
何度も言うが、息子は帰ってこなくてもいい。とりあえず、犯人の情報を集めよう。
分かりやすく言うと冷酷な奴(誘拐事体なかなか冷酷な犯罪ではあるが)かそうでもないのか、短気なのか、辛抱強い方なのか、馬鹿なのか、知能犯なのか、そういうことを会話から引きだそう。
「……分かったか。警察には言うなよ。」
「息子は帰ってくるんだろうな。」
私はちょっと私カッコイイと思ってしまった。ドラマみたいだ。
「…お前次第だ。」
「息子の声を聞かせてくれ。」
「駄目だ。」
ダメなのか。ここを膨らませてみようか。
「何故だ、もしかしてもう殺したのか。(それならば超ラッキー)」
「………殺してはいない。お前の息子はまだ睡眠薬で眠っている。」
「睡眠薬ってどんな薬だ!まさか眠れない日に飲むような奴じゃないだろうな。」
私は若干ハイになっていた。それは物語の主役のようなことをしている自分に酔っていたのかもしれない。
「…………クロロホルムだ。聞いたことぐらいあるだろ?」
クロロホルム、かの有名な薬か。
「いいから、息子の声を聞かせてくれ、なんならたたき起せばいい。」
あ、ちょっと言いすぎたかな?
「………いいだろう、少し待ってろ。」
ブツッ!
電話が切れた。なるほど、逆探知防止のために電話をこまめに切っているのかな?
そもそも逆探知防止になるのかな?まったく分からない。勉強しとけばよかった。
だが、犯人さんがクロロホルムを使っていることから、それなりの頭脳は持っている。
少なくても馬鹿でないことは分かった。
プルルルルルル……。カチャ。
「お、お義父さん・・・。」
昌也の声が聞こえてきた。間違いなく昌也だ。
「昌也、大丈夫か。」
私は良い父を演じた。
「……以上だ。息子の安全は分かっただろう?分かったなら6時までに八千万だ。」
「もうちょっと昌也と話をさせてくれ。」
「駄目だ。……いいな、6時までに八千万だ。」
仕方ない、他の方向から攻めよう。
「ああ、分かった。ところで、何故八千万なんだ?中途半端だろ。」
私はどうでもいいことを聞いて、犯人さんのプロファイルを開始した。
「………額を上げてもいいんだぜ。お前が困るだけだ。」
「いや、上げないでください。」
それは、有り難くない。でもこの数字は何かに関係していそうだ。
「そういえば、昌也をどうやって起こしたんだ?まさか殴ったのか!」
殴ってくれるほど凶暴な人の方がいい。
「……どうでもいいだろ。また連絡する。」
ブツッ!
切れたか。……どうやら犯人さんは、かなりの知能犯だ。例えば八千万という金額だ。
私の個人的な考えで申し訳ないのだが、馬鹿ならもっときりのいい数字、1億、とか言ってきそうだ。
もっと馬鹿なら、3兆、とか言ってきそうだ。そして、(ちょっとおかしい)私への対応の仕方も非常にスマートだ。
きっと犯人さんは保身を一番に考えるタイプだ。
まず金を払わなければ、昌也は殺されない。
クロロホルムを使っていることからも、自分の顔を昌也に晒す真似はしていないだろう。
昌也を殺す理由はないのだ。逆に言うと、どうあがいても、昌也は殺されない。
………これは非常にまずい。あくまでも推測ではあるが、昌也が帰ってくる可能性が格段に高くなった。
……どうする?何か方法はないのか。うーん、いっそ金はあきらめて渡すか?
昌也が帰ってこないなら八千万与えてやってもいい。実際八千万ぐらいは普通に払える。
いや、そのパターンは一番昌也が帰ってくる可能性が高い。
それは駄目だ。………犯人さんを怒らせる。
もしくは昌也が犯人さんの顔を見るように仕向けるしかない。うーん、思いつかない。
前者はともかく後者はものすごく難しい。私にできる手段は電話での応対しかないのだ。
……しばらく考えたあと、時刻が5時を迫っていることに気付いた。…妻に連絡を入れよう。
したくはないが、私は妻には嫌われたくないのだ。
でも妻を介入させることで金を用意する方向に進むのは駄目だ。
…そうだ、私もクロロホルム的なもので、妻を眠らせよう。
あまりにもパニックになっていたので鎮静剤を打ったとでもいえばいい。
私は医者だ、都合よくそのようなものはいくらでも用意できるのだ。
私は妻に連絡を入れることにした。お分かりの通り、私の敵は犯人さんではない。
私の真の敵は息子を必死で救おうとする妻や警察だ。
故に、私の本当の戦いはこれからであった。
続く
お付き合いありがとうございます。
前編終了です。
反響が大きかったのみ後編を執筆するつもりです。