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人と世界と特殊能力

説明とは長くて退屈なものほど大切である。

 ようこそラヤーテ王国へ、と言っていた通り城の中らしい。レイドロスの先導のもと、無骨な地下室と違って世界遺産に登録されていそうな廊下を歩く。


 レイドロスは無口な性格なのか、一言も喋らない。央我たちを振り返りもせずにスタスタ歩いて行く。廊下には警備員らしき兵士たちが央我たちを挟むように立っており、こちらも一言も喋らない。彼らの空気に当てられてか、生徒たちも黙ったままついて行く。


 案内されたのは大広間だった。十メートル以上はある豪華な長テーブルがいくつも並べてあり、テーブルクロスにはシミ一つ付いていない。床は大理石のようで、中央にこれまた高そうな絨毯が敷いてある。部屋のすべてが『金がかかっている』という感じだ。


「さあ、お好きなところにお掛けください」


 レイドロスに言われて生徒たちが椅子に座っていく。豪華な内装に気後れしてか緊張した面持ちだ。


 央我はうるさい奴らの隣になっては面倒だと思ったので端っこに座った。人数に対して椅子が多いのでわざわざ央我の所に来る奴はいないだろう。


「隣、失礼するよん」


 と思っていたら梨緒が来た。


「いきなりどうした。友達んとこ行って来いよ」


「いやー、実はアタシ友達とかいないんだよねー。アンタとは気が合いそうだけど」


 暗めのカミングアウトだが、梨緒はきゃはは、と無邪気に笑う。のんきだったり友達がいなかったり他人のことを気にしなかったり、何かと似ているのかもしれないな、と央我は思った。一番うるさそうな気がするが、まあいいだろう。


「では、しばしお待ちください」


 気が付くとすでに他の生徒たちも全員座っており、それを確認したレイドロスは入ってきた扉から出ていった。


 しばしの沈黙が流れる。


 壁際には兵士や使用人らしき人物が多数おり、内装と合わせて厳かな雰囲気を醸し出している。この雰囲気の中、騒いだり逆らったりする者はいなかった。


 央我は暇なので寝ようかと思ったが、テーブルクロスにシワでも付けてクリーニング代を請求されてはたまらないのでやめておいた。


 しばらくすると扉が開き、今度は五人の男性が入ってきた。年齢はおっさんと呼べる者から杖を突いている者までさまざまだ。央我たちはこの人たちが何者か知らないので顔を向けるだけだが、兵士や使用人たちは全員頭を下げている。どうやらかなりのお偉いさんのようだ。


 特に先頭の五十代くらいの男はこの大広間にも負けないくらい豪華な格好をしている。他のローブ姿の四人を従えるように歩いているあたりこの人が最も偉いのだろう。


 五人が絨毯の上を歩いて行く。ただ歩いているだけなのにその姿は威厳に満ち溢れていた。


 偉そうな男性はそのまま扉の反対側、少し高くなっているところに上がり、央我たちに振り返った。他の四人は段差の手前に控えている。


「ようこそ、我がラヤーテ王国へ。ワシは国王のメネ・ラヤーテ。此度はラヤーテ王国へお越しいただき、誠に感謝する」


 どうやらこの偉そうな男性は偉そうで偉い男性だったようだ。国王自ら出向くとは、それだけ央我たちを重要視しているということだろう。


「さて、まずは貴殿らを召喚した経緯を話さねばなるまい」


 そう言って国王は静かに話し始めた。



 この世界は央我たちの居た世界とは別の世界であり、歴史や国家などが違っている。中でも特に違うのが人間が貴人族と魔人族、獣人族に分かれていること、そして魔法が存在するということだ。


 貴人族は言わば『ヒト』で央我たちもこれに該当する。この世界で最も数が多く、過去に存在したものも含めて国家の多くは貴人族のものである。


 魔人族は貴人族と比べて長身痩躯で耳がとがっている。筋力的な強さは純人族に劣るものの、総じて魔法が得意である。


 獣人族は獣の血を引くといわれる種族だ。外見上の特徴は獣の耳や尻尾を持つくらいだが、身体能力は貴人族よりもはるかに高い。


 世界の西側では貴人族が、北東では魔人族が、南東では獣人族がそれぞれ暮らしているのだが、この三種族は仲が悪い。特に貴人族と魔人族は『顔を合わせることが宣戦布告である』と言われるほどで、何千年も前から争っているらしい。最近では小競り合い程度で大きな戦争は起きていないのだが、魔物の存在によりのんきなことは言っていられなくなった。


 魔物とは動物や植物が『幻素暴走』を起こして怪物化したものだ。幻素というのは、目には見えないが生物の体に宿っているもので、魔法はこれを燃料にして発動する。生物なら誰しもが持っているのだが、個人差はあれどその量は種族によって大きく違う。


 魔人族は魔法が得意というのも幻素を多く持っているからである。逆に貴人族や獣人族は量が少なく、弱い魔法しか発動できない人が大半だ。人間以外の動物や植物となると幻素はほとんどないので魔法を使うことはない。


 そして、幻素の量が少ないということは許容量も少ないということだ。何らかの理由で許容量以上の幻素を取り入れた時、幻素が暴走を起こし、その体を異形のものへと変化させる。


 魔物化すると元の生物より強く凶暴になるが、対処できないほどではない。そもそもそう簡単に起こるものでもない。さらに魔物は幻素を求める習性があるので真っ先に狙われるのは魔人族である。


 よって今までは大して気にしていなかった。味方ではないが貴人族の敵を優先的に攻撃してくれるのだからむしろありがたいくらいだった。


 しかし、魔人族とてやられっぱなしとはいかない。近年、魔人族はその凶暴な魔物を従えることに成功したのだ。まだ弱い魔物しか使役できないようだが、魔物に命令して貴人族を襲わせる魔人族の報告は徐々に増えている。もしかしたら表に出てこないだけで魔人族の領地ではもっと強い魔物が支配下にいるのかもしれない。


 魔人族は魔法に優れるが、反面身体能力が低く数が少ないという欠点がある。その欠点を魔物で埋めることができればもはや貴人族が圧倒的に不利だ。


 そして、何より。


 貴人族も魔人族も獣人族も幻素を持っている。つまり魔物化する可能性があるのだ。


 そんな事例は今まで一件もないが、魔人族が人間を魔物化する方法を発見し、使役できたなら。


 どれだけ強い組織であろうとも仲間が敵になってしまえば勝てるはずもない。



「我々が生き残る道はただ一つ。魔人族が何かする前に打ち倒すしかない。そのために貴殿らを召喚したのだ。我ら貴人族の救世主となっていただくためにな」


「ま、待ってください!」


 話を終えた国王に一人の男子生徒が食ってかかった。


「俺たちはただの高校生ですよ! いきなり戦っても足手まといにしかなりませんよ!」


 ごもっともな意見だ。戦いや戦術に詳しくない央我たちがいくら頑張ったところでこの国の兵士や軍師には敵わないだろう。中途半端に鍛えてもまさしく生兵法は大怪我のもとだ。犠牲者が増えるだけだし、喚ぶ相手を間違えたとしか思えない。


「ご心配には及ばぬ。異世界の勇者には魔法を凌駕する力が宿るという。我々は『エルスク』と呼んでいるのだが、貴殿らも得ているはずだ」


 人智を越える魔法を越える能力がある。いきなりそんなことを言われてもピンと来ない。


 他の生徒たちもざわつき始める。にわかに信じがたい説明のあとに戦いを要求。そしてまた嘘くさい話ときた。乗り気な者などいない。


「なあ央我ちゃんや」


「何?」


 なんかめんどくさい事になったなぁ、と央我がぼんやり考えていると、梨緒が小声で話しかけてきた。あまり聞かれたくないことだろうか。央我も頭を近づける。


「信頼できると思う?」


 これは国王の話を信じられるかどうかが聞きたいのではないだろう。国王の人となり、ひいては王国そのものを信じることができるのか。お前は信じるのか。そういうことが聞きたいのだろう。


「……ダメだね」


 央我の答えはノーだ。信頼できないと判断した。


 国王は種族や魔法について長々と話したが、ほぼ全てに魔人族の非道さを絡めて話していた。本当に極悪非道なのかは知らないし興味もないが、正義感に訴えるやり方は嫌いだった。


「だよねー。なんかいかにも『自分たちは善良な被害者』って感じだし」


 どうやら梨緒も同じ意見のようだ。この二人、やはり気が合うのかもしれない。

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