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異世界八景  作者: 楠羽毛
夢の世界
99/206

デイジー

 光沢のない銀色の、ジャンプスーツ。つなぎ目はなく、そのかわりに回路図のような曲がりくねった線がいくつか。手袋からブーツまで一体化していて、背中のスリットから体を入れるようになっている。ジャンプスーツというよりは、着ぐるみか全身タイツ。昔のSFにあるような。

 いや、化けの皮か。

 首もとをくるんと合わせた瞬間、背中のあわせ目は最初からなかったように消えて、肌になじんだ。服を着ているという感覚はない。裸足で、直接、床に触れているようだ。それでいて、冷たくはない。感覚が調整されている。

 右手首をみる。

 腕輪が埋め込まれているはずだが、感じない。スーツを着たとたんに、消えてしまったのではないかとさえ思う。左手で腕輪があるはずのところを触っても、かたい感触はない。ただ、肌に触れている。そうとしか感じない。

 まだ、裸でいるかのようだ。

「……お気に召しませんでしたか?」

 低い、しずかな声。ふりむくと、いつのまにか女が立っている。

「いいえ。ありがとう、デイジー。」

 いいながら、眼鏡をかけなおす。無機質で明るいこの宇宙船には似合わない、レトロな木製のフレーム。レンズは分厚いガラス製、フレームは曲がらないので、押し付けるようにして耳に載せる。

 さて、もう一度、女をまじまじと見る。

 見上げるように背の高い、そっけない黒のワンピースをきた女。スカートは皺ひとつなく、それどころか、たっぷりと余裕のある布地なのに、どこから見ても襞も重なりもない。何かの目くらましか、脚を動かすのにあわせて、いちいち伸縮しているのか。……いや、

 そもそも、服どころか、この女自体が、見た目どおりのかたちをしているとは思えない。もしかすると、カセイジンのような、ホログラムかもしれない。

 なにしろ、顔が見えないのだから。

「すごい着心地。どうやってるの、これ?」

「さっきと同じですよ。機械塵じゃなく、圧着皮面を使ってるだけ」

「はァ」

「それより、ゲームはいかがでした?」

「あぁ……。」

 朱里は、もう一度、じっと自分の手をみた。

 小さく、指の短い手。剣など、握ったこともない。

「……趣味、悪いよね。」

「誰がです?」

「あなた。ゲームマスターでしょう?」

「お気に召しませんでした?」

 顔にノイズがかかっていても、笑っているのがわかる。

「召したけど! でも、キャラクターデザインが」

「最初にメイキングしたじゃありませんか」

「PCじゃなくて、NPCの!」

「ああ、」

 デイジーはもう一度、声にうすい笑みをのせて、問い返した。

「お気に、召しませんでした?」

「召したけど!」

 朱里は口をとがらせて叫んだ。なんだか、ずるい。本当に。

「仕方ないじゃありませんか。あなたの記憶から再構成してるんですから」

「……そういう要素いらないって言ったんだけどなぁ」

「サービスじゃありませんよ。……もう長いこと、外の世界の情報がなかったんですから。あの人たちが見てる夢と同じやつ、体験してみます?」

「いいわ。……なんか気持ち悪そうだし」

 朱里はちょっと考えてから、眉をしかめて手を振った。想像したくもない。

「でも、……あれで終わりなの?」

「はァ、あそこでキャンペーンボスを倒しちゃったんで。」

「やっぱり、あいつが魔王だったの? レバニィ伯爵」

「ネタバレしていいんですか?」

「いやあ……、」

 ちょっと首を動かして、迷うように目線をさまよわせてから、

「ねえ、……最後、イカサマしたでしょ?」

「イカサマ?」

「ちょっと、仕様曲げたんじゃない? レバニィ伯爵の行動パターン!」

「いいえ。最初からああいう設定ですよ。ただ、まぁ……、」

 わざとらしくひと呼吸おいて、

「ステータスはちょっといじりました。石化状態って、防護点にボーナスがつくだけなんで、攻撃力が高いと突破できちゃうんですよね。本来は」

「やっぱり!」

「あと、体力と防御力と、装備の特殊効果と、呪文と、変身能力と」

「そんなに!?」

「本来あそこで勝つつくりじゃないんで。あの状態からだと、あの100倍くらい粘らないと倒せませんよ。それって楽しいですか?」

「楽しかあないけどさ……」

「ゲームマスターですから。プレイヤーを楽しませるためなら、表に出てないデータはいくらでもいじりますよ」

「そういうもん?」

「そういうもんです」

「ふうん……、」

 朱里は眉をしかめた。こつこつと、眼鏡のフレームを指先でたたいて、

「ま、……ありがとう。おかげで、助かった」

「楽しんでいただけたなら、なによりです。」

 デイジーは少し肩をいからせて、こたえた。

(ちょっとニュアンスが違うんだけど)

 朱里は眉をひそめた。まあ、細かいことだ。

「それで、……三周目は、どうなさいますか。本来の難易度にもどして、もう一度、最初から? あのままエンディング後の世界を遊ぶこともできますけど? それとも、世界設定を少しいじって、別のシナリオを?」

 デイジーはいいたてた。沸き立つような高い声で、少し早口に。指の関節が、かちゃかちゃと金属じみた声をあげる。

「……もういいわ。とりあえず」

 朱里は首をふった。虚脱感。あら、とデイジーの残念そうな声。

 あんな思いは、……もう、たくさんだ。

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