デイジー
光沢のない銀色の、ジャンプスーツ。つなぎ目はなく、そのかわりに回路図のような曲がりくねった線がいくつか。手袋からブーツまで一体化していて、背中のスリットから体を入れるようになっている。ジャンプスーツというよりは、着ぐるみか全身タイツ。昔のSFにあるような。
いや、化けの皮か。
首もとをくるんと合わせた瞬間、背中のあわせ目は最初からなかったように消えて、肌になじんだ。服を着ているという感覚はない。裸足で、直接、床に触れているようだ。それでいて、冷たくはない。感覚が調整されている。
右手首をみる。
腕輪が埋め込まれているはずだが、感じない。スーツを着たとたんに、消えてしまったのではないかとさえ思う。左手で腕輪があるはずのところを触っても、かたい感触はない。ただ、肌に触れている。そうとしか感じない。
まだ、裸でいるかのようだ。
「……お気に召しませんでしたか?」
低い、しずかな声。ふりむくと、いつのまにか女が立っている。
「いいえ。ありがとう、デイジー。」
いいながら、眼鏡をかけなおす。無機質で明るいこの宇宙船には似合わない、レトロな木製のフレーム。レンズは分厚いガラス製、フレームは曲がらないので、押し付けるようにして耳に載せる。
さて、もう一度、女をまじまじと見る。
見上げるように背の高い、そっけない黒のワンピースをきた女。スカートは皺ひとつなく、それどころか、たっぷりと余裕のある布地なのに、どこから見ても襞も重なりもない。何かの目くらましか、脚を動かすのにあわせて、いちいち伸縮しているのか。……いや、
そもそも、服どころか、この女自体が、見た目どおりのかたちをしているとは思えない。もしかすると、カセイジンのような、ホログラムかもしれない。
なにしろ、顔が見えないのだから。
「すごい着心地。どうやってるの、これ?」
「さっきと同じですよ。機械塵じゃなく、圧着皮面を使ってるだけ」
「はァ」
「それより、ゲームはいかがでした?」
「あぁ……。」
朱里は、もう一度、じっと自分の手をみた。
小さく、指の短い手。剣など、握ったこともない。
「……趣味、悪いよね。」
「誰がです?」
「あなた。ゲームマスターでしょう?」
「お気に召しませんでした?」
顔にノイズがかかっていても、笑っているのがわかる。
「召したけど! でも、キャラクターデザインが」
「最初にメイキングしたじゃありませんか」
「PCじゃなくて、NPCの!」
「ああ、」
デイジーはもう一度、声にうすい笑みをのせて、問い返した。
「お気に、召しませんでした?」
「召したけど!」
朱里は口をとがらせて叫んだ。なんだか、ずるい。本当に。
「仕方ないじゃありませんか。あなたの記憶から再構成してるんですから」
「……そういう要素いらないって言ったんだけどなぁ」
「サービスじゃありませんよ。……もう長いこと、外の世界の情報がなかったんですから。あの人たちが見てる夢と同じやつ、体験してみます?」
「いいわ。……なんか気持ち悪そうだし」
朱里はちょっと考えてから、眉をしかめて手を振った。想像したくもない。
「でも、……あれで終わりなの?」
「はァ、あそこでキャンペーンボスを倒しちゃったんで。」
「やっぱり、あいつが魔王だったの? レバニィ伯爵」
「ネタバレしていいんですか?」
「いやあ……、」
ちょっと首を動かして、迷うように目線をさまよわせてから、
「ねえ、……最後、イカサマしたでしょ?」
「イカサマ?」
「ちょっと、仕様曲げたんじゃない? レバニィ伯爵の行動パターン!」
「いいえ。最初からああいう設定ですよ。ただ、まぁ……、」
わざとらしくひと呼吸おいて、
「ステータスはちょっといじりました。石化状態って、防護点にボーナスがつくだけなんで、攻撃力が高いと突破できちゃうんですよね。本来は」
「やっぱり!」
「あと、体力と防御力と、装備の特殊効果と、呪文と、変身能力と」
「そんなに!?」
「本来あそこで勝つつくりじゃないんで。あの状態からだと、あの100倍くらい粘らないと倒せませんよ。それって楽しいですか?」
「楽しかあないけどさ……」
「ゲームマスターですから。プレイヤーを楽しませるためなら、表に出てないデータはいくらでもいじりますよ」
「そういうもん?」
「そういうもんです」
「ふうん……、」
朱里は眉をしかめた。こつこつと、眼鏡のフレームを指先でたたいて、
「ま、……ありがとう。おかげで、助かった」
「楽しんでいただけたなら、なによりです。」
デイジーは少し肩をいからせて、こたえた。
(ちょっとニュアンスが違うんだけど)
朱里は眉をひそめた。まあ、細かいことだ。
「それで、……三周目は、どうなさいますか。本来の難易度にもどして、もう一度、最初から? あのままエンディング後の世界を遊ぶこともできますけど? それとも、世界設定を少しいじって、別のシナリオを?」
デイジーはいいたてた。沸き立つような高い声で、少し早口に。指の関節が、かちゃかちゃと金属じみた声をあげる。
「……もういいわ。とりあえず」
朱里は首をふった。虚脱感。あら、とデイジーの残念そうな声。
あんな思いは、……もう、たくさんだ。




