デイジーベル
ざばんと、大きな音をたてて、青白い液体が散った。朱里は、後頭部に付着した機械塵を乱暴にふりはらって、身をおこした。現実感覚が戻るのに時間がかかる。どろどろと粘性のある液体が、肉のあいだにひっかかって落ちる。
ぬるい。38度くらいか。長時間入るものなので、仕方ないが。風呂ではないのだ。それにしても、身体が冷えてしまいそうだ。
立ち上がる。一瞬だけめまいがして、ようやく、現実にピントがあう。
カプセルの横に、女が、立っている。背の高い、痩せた女。
かかとの高い靴に、黒のワンピース。クロヒナギクに、よく似ている。直線状のりんかく、かちかちと音をたてる指の関節も。
顔は、なぜか見えない。まっすぐ見上げても、視界から外れてしまう。
「おかえりなさいませ、」
と、女はいった。やさしい、ぼんやり滲むような合成音声で。
「……おはよう、じゃないの?」
「それなら、おはようございます。王宮騎士アカリ様」
「やめてよぉ」
眉をしかめたとたんに、鼻からごぼりと音をたてて液体が漏れる。いやあな感触、げっぷ、それから肺につまっていた電送液が、かすかな異物感とともに口中へ。だらりと口から垂れて、胸に落ちる。
「……慣れねぇわ、これ」
「痛みは、ないでしょう?」
「ないけどさ……」
いわれて、なんとなく身体を点検する。
王宮騎士の身体から、ずいぶんと縮んでしまった。夢のなかのルナより、なお低い。手足も、指も、短くなった。やせっぽちの十四歳。ただの子供だ。
髪を触る。あいかわらず、くせがひどい。電送液に漬かっているあいだにストレートになっていやしないかと願ったが、そう都合よくはいかないらしい。
「どうぞ。」
布を受け取って身体を拭きながら、あたりを見回す。
カセイジンが見当たらない。腕には、ちゃんと白い腕輪がはまっているのに。
「ああ、」
女が、顔のない顔でにっこりと笑って、いった。
「消しておきました。復元しますか?」
「……いや、今はいいわ」
そんなことができるのか。朱里は感嘆のため息をついて、もう一度腕輪を見た。肉に食い込んで癒着している。
いっそ、これも外してもらえないものか。
ざっと身体を拭いて、カプセルから出る。踏み台をおりて、床へ。清潔な冷気が、じんわりと足に染みる。
広大な広間。避難所のようだ、とおもった。ずらりと並んだカプセル。100や200ではきくまい。いずれも蓋が閉まっている。稼働中ということだ。
「お着がえを、あちらに。」
女が手をひく。
拭き残しの液体は、もう消えかけている。乾いたのか、それとも逃げたのか。ぞわぞわ、と機械塵が背中を這ってカプセルに戻っていく。
その流れが気になって、振り返る。カプセルの蓋、鏡張りの内側が目に入る。
ただの、裸の子供だ。
王宮戦士でもなければ、魔女でも、治癒術師でもない。
やせっぽちで、くせ毛の、
二重まぶたの、にらむような目つきをした、
くちびるの朱い、鼻は低くてやけに四角ばった、
自分の顔がきらいな、十四歳の少女。




