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異世界八景  作者: 楠羽毛
夢の世界
98/206

デイジーベル

 ざばんと、大きな音をたてて、青白い液体が散った。朱里は、後頭部に付着した機械塵を乱暴にふりはらって、身をおこした。現実感覚が戻るのに時間がかかる。どろどろと粘性のある液体が、肉のあいだにひっかかって落ちる。

 ぬるい。38度くらいか。長時間入るものなので、仕方ないが。風呂ではないのだ。それにしても、身体が冷えてしまいそうだ。

 立ち上がる。一瞬だけめまいがして、ようやく、現実にピントがあう。

 カプセルの横に、女が、立っている。背の高い、痩せた女。

 かかとの高い靴に、黒のワンピース。クロヒナギクに、よく似ている。直線状のりんかく、かちかちと音をたてる指の関節も。

 顔は、なぜか見えない。まっすぐ見上げても、視界から外れてしまう。

「おかえりなさいませ、」

 と、女はいった。やさしい、ぼんやり滲むような合成音声で。

「……おはよう、じゃないの?」

「それなら、おはようございます。王宮騎士アカリ様」

「やめてよぉ」

 眉をしかめたとたんに、鼻からごぼりと音をたてて液体が漏れる。いやあな感触、げっぷ、それから肺につまっていた電送液が、かすかな異物感とともに口中へ。だらりと口から垂れて、胸に落ちる。

「……慣れねぇわ、これ」

「痛みは、ないでしょう?」

「ないけどさ……」

 いわれて、なんとなく身体を点検する。

 王宮騎士の身体から、ずいぶんと縮んでしまった。夢のなかのルナより、なお低い。手足も、指も、短くなった。やせっぽちの十四歳。ただの子供だ。

 髪を触る。あいかわらず、くせがひどい。電送液に漬かっているあいだにストレートになっていやしないかと願ったが、そう都合よくはいかないらしい。

「どうぞ。」

 布を受け取って身体を拭きながら、あたりを見回す。

 カセイジンが見当たらない。腕には、ちゃんと白い腕輪がはまっているのに。

「ああ、」

 女が、顔のない顔でにっこりと笑って、いった。

「消しておきました。復元しますか?」

「……いや、今はいいわ」

 そんなことができるのか。朱里は感嘆のため息をついて、もう一度腕輪を見た。肉に食い込んで癒着している。

 いっそ、これも外してもらえないものか。

 ざっと身体を拭いて、カプセルから出る。踏み台をおりて、床へ。清潔な冷気が、じんわりと足に染みる。

 広大な広間。避難所のようだ、とおもった。ずらりと並んだカプセル。100や200ではきくまい。いずれも蓋が閉まっている。稼働中ということだ。

「お着がえを、あちらに。」

 女が手をひく。

 拭き残しの液体は、もう消えかけている。乾いたのか、それとも逃げたのか。ぞわぞわ、と機械塵が背中を這ってカプセルに戻っていく。

 その流れが気になって、振り返る。カプセルの蓋、鏡張りの内側が目に入る。


 ただの、裸の子供だ。

 王宮戦士でもなければ、魔女でも、治癒術師でもない。

 やせっぽちで、くせ毛の、

 二重まぶたの、にらむような目つきをした、

 くちびるの朱い、鼻は低くてやけに四角ばった、


 自分の顔がきらいな、十四歳の少女。

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