挑戦
ふたたび、広間の入口前──、
扉のむこうに、あの男が、いる。
ルナは、アカリの袖を握っていた手を、ゆっくりと離した。
「君はここで、」
「嫌です。」
そう、ルナが答えることが分かっていたかのように、アカリはかすかに笑った。
きぃ、
小さく、きしむような音をたてて、扉が開く。
ふらふらと、なにかに操られるように、ルナが歩いてゆく。その後ろで、
「ごめん、」
と、小さく朱里は呟いた。
*
かちんと音をたてて、ルナは石になった。
朱里は、バシリスクの死体から絞り出した唾を、素肌に触れないように注意しながら振り払った。扉はもう開いている。そのむこうには、鎧をきた男。
ルナは、部屋の中にむかってうつぶせに倒れている。
踏み出す。
境界を越える。
男が、剣をふりかざす──
「私の、半身よ」
つぶやくような、声。なんのことだか、わからない。わかる必要もない。
石化したものには、刃は通らない。何度か試した。この男が、かならずルナを攻撃するというのなら、そうさせておけばいい。
その間に──、
朱里はすばやく男の背後にまわりこんだ。狙いをつける。延髄。たぶん、一撃では倒せないだろう。だが、男は反撃しない。推測だが、なかば確信だった。男は、石化したルナを攻撃しつづけるだろう。
もし、誤算があるとすれば、むしろ──、
ふと、石化した肌をつらぬいて血がしぶく光景が、朱里の脳裏をよぎった。
ふつうの場面ではない。ルナが死ぬところまで、決まっているのかもしれない。いや、一度連れ戻せたことからして、少なくとも介入の余地はあるはずだ。
いっぽう、男は二度目だというのに、こちらを見もしないでルナを刺そうとしている。ルナが死ぬまで、男の行動が固定されている可能性はかなり大きい。
もし失敗すれば、やり直せばいいだけだ。
しょせん、──なのだから。
男の剣が動いた。
こちらも、もうすぐチャージが完了する。男が一度ルナを刺した直後に、延髄に一撃。それで倒せなければ、何度でも撃てばいい。完璧だ。
足が、勝手に動いていた。
チャージを解除して、男の下半身にタックル。膝がわずかに崩れ、男の剣は空を切る。ルナの脇腹近くの床を削って、もう一度構えなおす。
朱里は、強引にルナと男のあいだに割り込んで、抜き打ちをした。無防備な男の顎に一撃。手は自動的に動くが、チャージしていないのでバフはかからない。
のけぞった男の、面頬で隠れた顔をぎっと睨む。ルナをかばうようにまたいで、爪先で石化した肌に触れながら。
守ってやる。それだけを、念じて。




