影
「……すこし、話そうか。」
「そんな暇は、ないのじゃありませんか。」
かつん、かつん、とふたたび迷宮を歩きながら、ふたりは口を動かしていた。
ルナは、急いていた。それを制するように、松明をもったアカリはことさらゆっくりと足を進めているようだった。
「だいじょうぶ。彼はあそこにいるさ。」
「なぜ、わかるんです?」
「なぜでも。……ねえ。」
「はい?」
「君のことを、もっと話してくれないか。」
「なんです、こんなときに。」
「好きな食べ物とか、……そう、余暇は何をしてる。趣味は? 好きな色は?」
「なあに。……本当に。」
ルナは足をとめて、身体ごとくるりと振り向いた。アカリは立ちどまるのが一瞬おくれて、ぶつかりそうになった。ルナの泣きぼくろのある大きな目が、すぐ間近に。
「好きなのは豆、塩と香草でことこと煮たやつ。暇なときは、……そうね、絵をかくのが好き。好きな色は藤色と、それから菫。あとは?」
早口にそういって、肩をいからせる。
「絵、かくんだ。」
なぜか嬉しそうに、アカリはそういった。ルナはちょっと眉をしかめて、
「描くなんてものじゃないです。地面に、指で落書きするだけ。ケタニでは、みんなそうします」
「筆とか、鉛筆は?」
「そんなの……持ったことないです」
「そう。」
朱里は肩をすくめてちょっと目を伏せた。やはり、ルナは、ルナだ。
「それが、何か。」
「いいえ、べつに。」
アカリはやさしくほほえんで、少し後ろにさがった。顔が近すぎる。
それを追うようにずいと進みでて、ルナは強く唇を動かした。
「わたしからも、……聞きたいことが。」
「なあに?」
「復元薬は、……生き物には、効果がないといっていませんでしたか。」
「それは……、」
「教えてください。……私は、いったい何者なのですか。知っているのでしょう、アカリ!」
「……知らないよ。」
「嘘。あなたは何か隠している。」
ぎっと、松明のかげになって見えないアカリの目をにらみつけて、さけぶ。
迷宮の湿った空気が、鼻につく。松明の煙が、目に。
涙がこぼれるのは、きっとそのせいだ。
「それは……本当に、知らないんだ。」
アカリは、目を細めて、しずかに首をふった。
ちりちりと、松明を握る腕がゆれて炎が踊った。少しずつ力が抜けていくようにみえた。
「復元薬のことは、……あとで話すよ。きちんと。今は、ゆこう」
そういって、アカリは歩きだした。目を、あわせずに。
迷宮の床に、ボンヤリした影が、長く、長く伸びていた。




