花屋
それから、一時間後。
朱里は、ふたたび城下町へやって来ていた。
どの店も、もう閉まりはじめている。息をきらして、走る。
カセイジンは、何も言わない。不安げな顔をしてついてくるだけだ。
花屋──
店名は、読めない。カセイジンに翻訳させようか、と思って口を開いたとき、奥からダグールが出てきた。
「そろそろ、閉店……」
いいながら、なにか気づいたように眉をひそめる。
「……昼間の子だね。どうかしたのか。」
「……おぼえていたんですか。」
「そりゃね、客はそんなに来ないから。」
それに、とダグールはちいさく続けて、朱里の口もとを見た。
朱里はきょとんと眉をあげてから、あわてて気をとりなおして口をひらく。
「あの、……」
どう切り出したものか迷っているうちに、
「もう、店は終わるけど。よかったら、入る?」
そう、言われて。
朱里は、ゆっくりと頷いた。
*
芋の煮物、それから目玉焼き、パンのようなもの、皮をむいた果物。
「……未来っぽくない。」
と、ちいさく、朱里はつぶやいた。
「なんだって?」
ダグールは眉をあげてききとがめた。朱里はあわてて目をふせて、
「いえ、……おいしそう。」
とりつくろうと、ダグールはにんまり笑って、朱里のむかいに座った。
「工場の食品は味気ないからね。手間はかかるけど、自分で料理するのがいちばん。」
パンをつかんで、大きなひと口をかぶりつく。朱里もつられて、同じように。
「工場って、王宮のまうえの、あれ?」
「そう。……へんなこときくね。」
「わたし、なにも知らないの。」
朱里は、素直に首をふった。もう、ごまかす意味はない。
「どこに住んでるんだ?」
「いまは、王宮。クラデ王女の客なの」
「なんだって、」
ダグールは息をのんだ。目玉焼きをつつく手がとまる。
「そうか、……それで、ぼくのところに」
しょぼくれた目をふせる。朱里はなんとなくいい気分になった。
「あなたとの連絡係を頼まれてる」
「……きょうは、なんの連絡で?」
「なにも。」
「なにも!?」
「きょうは、自分の考えできたの。わたし、なにも知らないから。」
「なにも、って……」
ダグールは頭をかいて、少し皮肉げにいった。
「そうだな。工場のことも、知らないくらいだし。」
「……あれは、なんなの? 食品工場?」
「おもしろいな、きみは。……食品どころか、何もかもだ。自動機械が動いてて、人間はひとりもいない。こんなことは、王宮育ちの子供だって知ってるだろ。」
「そうね、……」
自動機械というのは、黒機兵やクロヒナギクも含めてか。
それに、カセイジンも。
いや、──
デイジー。たくさんの自動機械ではなく、本当はたったひとりの知性体ということか。
「きみは、どこからきたんだ?」
「地球」
芋をほおばったまま、こともなげに朱里はいった。カセイジンは目をむく。
「それは、言わないほうがいいな。」
ダグールは、おどろかなかった。
いや、わからない。表情に出ないだけかもしれない。ともかく、じっとこちらをみたまま、顔色ひとつかえなかった。
「いまさら、」と朱里は小さくつぶやいた。
ついでに、カセイジンの頭をこづく。ちゃんと、硬い触感がある。いや、感じられるだけか。これもデイジーの技術なら、たしかに魔法と変わらない。
「でも、もう帰るの。クラデが、わたしを送る準備ができたといってた」
「じゃあ、もう会えないわけだ」
「そうね。」
朱里は、なんだかいい気分になって、話題をかえた。
「……あなたは、どこで育ったの?」
「さァ。どっかそのへんさ」
ダグールはわざとらしく首をふった。この狭い国のなかで、そのへん、もあるまい。城下町をのぞけば、ろくに集落もないはずだ。
「そのへんって?」
「そのへんは、そのへん。……きみ、家族は?」
「……弟と、両親。地球に。」
「じゃあ、もうすぐ会えるわけだ。」
「そうね……」
うかない顔をみてなにか察したように、
「……家族と折り合いが悪いのかい?」
「……べつに、そういうわけじゃ。」
「そう、……」
「なにか?」
「いいや。……寝室を用意するよ」
話をそらすようにそういって、ダグールは席をたった。
ふたりの食器は、ほとんどカラになっていた。
「まずいよ、泊まりは」
カセイジンが襟をひっぱりながらささやくが、無視した。
どうせ、明日でこの世界におさらばだ。
帰ったところで、楽しいことがあるでもない。知るもんか。
そう、口のなかでつぶやいて、最後のパンを飲み込む。
ダグールがドアをあける。そのとき、小さく、
「……家族に見捨てられるって、どんな気分だろうね」
と、きこえた。
*
「……さっきの、」
客用寝室のドアをとじるまえに、朱里はそうたずねた。
「なんだい?」
「あなたは、……家族にみすてられたと思っているの?」
ダグールは表情をかえないまましばらく黙りこんだ。それから、
「……教えてやろうか。」
つかつかと、二歩、ふみだす。
ほとんど顔が密着するほどの距離で、ささやくように、
「ぼくは、家族に捨てられたときに、他のものを全部手に入れてやろうと思ったんだ。だから、きみも手に入れる。」
朱里はぞくりと身を震わせた。ダグールはすぐに離れて、
「冗談だよ、」といって、ドアをとじた。
クラデ王女に、とてもよく似た声音で。




