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異世界八景  作者: 楠羽毛
デイジーの世界
9/206

花屋

 それから、一時間後。

 朱里は、ふたたび城下町へやって来ていた。

 どの店も、もう閉まりはじめている。息をきらして、走る。

 カセイジンは、何も言わない。不安げな顔をしてついてくるだけだ。


 花屋──


 店名は、読めない。カセイジンに翻訳させようか、と思って口を開いたとき、奥からダグールが出てきた。

「そろそろ、閉店……」

 いいながら、なにか気づいたように眉をひそめる。

「……昼間の子だね。どうかしたのか。」

「……おぼえていたんですか。」

「そりゃね、客はそんなに来ないから。」

 それに、とダグールはちいさく続けて、朱里の口もとを見た。

 朱里はきょとんと眉をあげてから、あわてて気をとりなおして口をひらく。

「あの、……」

 どう切り出したものか迷っているうちに、

「もう、店は終わるけど。よかったら、入る?」

 そう、言われて。


 朱里は、ゆっくりと頷いた。



 芋の煮物、それから目玉焼き、パンのようなもの、皮をむいた果物。

「……未来っぽくない。」

 と、ちいさく、朱里はつぶやいた。

「なんだって?」

 ダグールは眉をあげてききとがめた。朱里はあわてて目をふせて、

「いえ、……おいしそう。」

 とりつくろうと、ダグールはにんまり笑って、朱里のむかいに座った。

「工場の食品は味気ないからね。手間はかかるけど、自分で料理するのがいちばん。」

 パンをつかんで、大きなひと口をかぶりつく。朱里もつられて、同じように。

「工場って、王宮のまうえの、あれ?」

「そう。……へんなこときくね。」

「わたし、なにも知らないの。」

 朱里は、素直に首をふった。もう、ごまかす意味はない。

「どこに住んでるんだ?」

「いまは、王宮。クラデ王女の客なの」

「なんだって、」

 ダグールは息をのんだ。目玉焼きをつつく手がとまる。

「そうか、……それで、ぼくのところに」

 しょぼくれた目をふせる。朱里はなんとなくいい気分になった。

「あなたとの連絡係を頼まれてる」

「……きょうは、なんの連絡で?」

「なにも。」

「なにも!?」

「きょうは、自分の考えできたの。わたし、なにも知らないから。」

「なにも、って……」

 ダグールは頭をかいて、少し皮肉げにいった。

「そうだな。工場のことも、知らないくらいだし。」

「……あれは、なんなの? 食品工場?」

「おもしろいな、きみは。……食品どころか、何もかもだ。自動機械が動いてて、人間はひとりもいない。こんなことは、王宮育ちの子供だって知ってるだろ。」

「そうね、……」

 自動機械というのは、黒機兵やクロヒナギクも含めてか。

 それに、カセイジンも。

 いや、──


 デイジー。たくさんの自動機械ではなく、本当はたったひとりの知性体ということか。


「きみは、どこからきたんだ?」

「地球」

 芋をほおばったまま、こともなげに朱里はいった。カセイジンは目をむく。

「それは、言わないほうがいいな。」

 ダグールは、おどろかなかった。

 いや、わからない。表情に出ないだけかもしれない。ともかく、じっとこちらをみたまま、顔色ひとつかえなかった。

「いまさら、」と朱里は小さくつぶやいた。

 ついでに、カセイジンの頭をこづく。ちゃんと、硬い触感がある。いや、感じられるだけか。これもデイジーの技術なら、たしかに魔法と変わらない。

「でも、もう帰るの。クラデが、わたしを送る準備ができたといってた」

「じゃあ、もう会えないわけだ」

「そうね。」

 朱里は、なんだかいい気分になって、話題をかえた。

「……あなたは、どこで育ったの?」

「さァ。どっかそのへんさ」

 ダグールはわざとらしく首をふった。この狭い国のなかで、そのへん、もあるまい。城下町をのぞけば、ろくに集落もないはずだ。

「そのへんって?」

「そのへんは、そのへん。……きみ、家族は?」

「……弟と、両親。地球に。」

「じゃあ、もうすぐ会えるわけだ。」

「そうね……」

 うかない顔をみてなにか察したように、

「……家族と折り合いが悪いのかい?」

「……べつに、そういうわけじゃ。」

「そう、……」

「なにか?」

「いいや。……寝室を用意するよ」

 話をそらすようにそういって、ダグールは席をたった。

 ふたりの食器は、ほとんどカラになっていた。

「まずいよ、泊まりは」

 カセイジンが襟をひっぱりながらささやくが、無視した。

 どうせ、明日でこの世界におさらばだ。

 帰ったところで、楽しいことがあるでもない。知るもんか。

 そう、口のなかでつぶやいて、最後のパンを飲み込む。

 ダグールがドアをあける。そのとき、小さく、

「……家族に見捨てられるって、どんな気分だろうね」

 と、きこえた。



「……さっきの、」

 客用寝室のドアをとじるまえに、朱里はそうたずねた。

「なんだい?」

「あなたは、……家族にみすてられたと思っているの?」

 ダグールは表情をかえないまましばらく黙りこんだ。それから、

「……教えてやろうか。」

 つかつかと、二歩、ふみだす。

 ほとんど顔が密着するほどの距離で、ささやくように、

「ぼくは、家族に捨てられたときに、他のものを全部手に入れてやろうと思ったんだ。だから、きみも手に入れる。」

 朱里はぞくりと身を震わせた。ダグールはすぐに離れて、

「冗談だよ、」といって、ドアをとじた。


 クラデ王女に、とてもよく似た声音で。


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