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異世界八景  作者: 楠羽毛
夢の世界
89/206

暗室

 夜の理科室。

 ぱちぱちと瞬きをしながら、朱里はそう思った。今は昼間のはずだが。

 窓はない……いや、布張りされているのか。とにかく、暗い。『目が慣れる』までの数秒が、やけに長く感じる。

 部屋のどまんなかに、つるつるした素材の、頑丈そうな机。それから流し台。古めかしい蛇口──この世界に、そんなものがあっただろうか。水道なんか。

 机の上には、ガラス瓶、金属のタンク、それから何に使うのかもわからない大きな金具のようなものが3つ。それから──

(火、火はないの!?)

 マッチ、ライター、なんでもいい。なんなら火打石だって。

 壁ぎわの引き出しを開けて、がしゃがしゃとかきまわす。羽根ペン、たくさんの紙片、鉱物のようなものが入った小瓶。

 スライムのすえた臭いが、部屋の入口まで迫っている。

「ああもう!」

 棚をけとばして、スライムにむきなおる。猶予は、あと何秒だろう。

 廊下をうめつくす粘液が、こちらへ進んでくる──

 が、やけに遅い。

「え……、」

 おもわず、机を乗り越えて、ドアのところまで様子を見にいく。

 そのはずみに、何かが膝にあたって、床に落ちる。

(紙……?)

 ひろいあげる。大きく目を見開いて、たちどまる。


 破裂音。


 はっと顔をあげる。木がきしむような音、なにかが割れる音。

 扉の外は、上も下も、巨大化したスライムがびっしり詰まっているようだ。

(追うのをやめて、どんどん大きくなってるんだ──)

 背筋がぞっとする。

 みしみしみし、と柱が悲鳴をあげる。


 震!


 朱里は尻もちをついた。なんとかして、この館から出なければ。

 部屋のなかは暗い。窓はひとつもない。

 いや。

 暗くしてある、のだ。

 みっちりと目張りしてある黒布を、力まかせに引きはがす。


 ずしん!


 なにかが倒れる音。布のむこうに、ガラス窓があった。錠をぬいて、ぐっと力をこめる。開かない。

 窓枠がきしんで悲鳴をあげる。歪んでしまったのか。スライムはすぐそこまで迫っている。

 朱里は、歯をくいしばって、頭からガラス窓にとびこんだ。



 アカリが目をあけると、そこはもとの迷宮の中だった。

 ルナが、ぱちぱちと目をしばたかせて、こちらを見ている。

「……それは、大変な冒険でしたね。」

 館での冒険を、ルナにいま語り終えたところ、ということらしい。

(……ヘルパーめ)

 やつあたり気味に口のなかでつぶやいて、そっと懐のかくしを探る。

 あった。


 ルナの写真。モノクロの。

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