暗室
夜の理科室。
ぱちぱちと瞬きをしながら、朱里はそう思った。今は昼間のはずだが。
窓はない……いや、布張りされているのか。とにかく、暗い。『目が慣れる』までの数秒が、やけに長く感じる。
部屋のどまんなかに、つるつるした素材の、頑丈そうな机。それから流し台。古めかしい蛇口──この世界に、そんなものがあっただろうか。水道なんか。
机の上には、ガラス瓶、金属のタンク、それから何に使うのかもわからない大きな金具のようなものが3つ。それから──
(火、火はないの!?)
マッチ、ライター、なんでもいい。なんなら火打石だって。
壁ぎわの引き出しを開けて、がしゃがしゃとかきまわす。羽根ペン、たくさんの紙片、鉱物のようなものが入った小瓶。
スライムのすえた臭いが、部屋の入口まで迫っている。
「ああもう!」
棚をけとばして、スライムにむきなおる。猶予は、あと何秒だろう。
廊下をうめつくす粘液が、こちらへ進んでくる──
が、やけに遅い。
「え……、」
おもわず、机を乗り越えて、ドアのところまで様子を見にいく。
そのはずみに、何かが膝にあたって、床に落ちる。
(紙……?)
ひろいあげる。大きく目を見開いて、たちどまる。
破裂音。
はっと顔をあげる。木がきしむような音、なにかが割れる音。
扉の外は、上も下も、巨大化したスライムがびっしり詰まっているようだ。
(追うのをやめて、どんどん大きくなってるんだ──)
背筋がぞっとする。
みしみしみし、と柱が悲鳴をあげる。
震!
朱里は尻もちをついた。なんとかして、この館から出なければ。
部屋のなかは暗い。窓はひとつもない。
いや。
暗くしてある、のだ。
みっちりと目張りしてある黒布を、力まかせに引きはがす。
ずしん!
なにかが倒れる音。布のむこうに、ガラス窓があった。錠をぬいて、ぐっと力をこめる。開かない。
窓枠がきしんで悲鳴をあげる。歪んでしまったのか。スライムはすぐそこまで迫っている。
朱里は、歯をくいしばって、頭からガラス窓にとびこんだ。
*
アカリが目をあけると、そこはもとの迷宮の中だった。
ルナが、ぱちぱちと目をしばたかせて、こちらを見ている。
「……それは、大変な冒険でしたね。」
館での冒険を、ルナにいま語り終えたところ、ということらしい。
(……ヘルパーめ)
やつあたり気味に口のなかでつぶやいて、そっと懐のかくしを探る。
あった。
ルナの写真。モノクロの。




