歪み
からっぽの部屋。
入居前のアパートの一室のような。
窓はなく、じめっとして薄暗い。足元は石床のようだが、切れ目はなく、打ちっぱなしのコンクリートのように平らにならされている。
壁にも、床のうえにも、何もない。
(倉庫かな?)
朱里は首をかしげた。てっきり、厨房かと思ったが。
それにしても、埃のつもった様子もない。床も壁も、ぴかぴかだ。
少し、部屋を歩いてみる。
ブーツのかかとが、こつん、こつん、と音をたてる。
四方の壁を、つうっと指でなぞって、ぐるりと回る。
何もない。が、おかしい。
距離感が、である。
壁の端から端まで、どうみても10メートルはない。それなのに、壁に手をつけて歩いてみると、おおよそ三十歩。王宮戦士アカリの広い歩幅で、である。
もう一度歩いてみると、こんどは五十歩あまり。
さて──
「あたしの感覚がおかしいのかなぁ。ねえ?」
横をみて、そう訊いてみる。答えはない。
「ふうむ。」
朱里はつぶやいて、腰の剣をぬいた。
考えてわからぬものなら、いろいろ試してみるほかない。
「鉛筆かチョークでもあればいいんだけど。」
ヘルパーにあてつけるように、大きな声でそういって、剣をふりあげる。
まずは一歩目。ブーツのつま先のあたりに、目印を刻む──
かつん!
はじかれる。
もう一度。
きん、とするどい音がして、きっさきが欠けた。
「……カッターナイフじゃあるまいし。」
どうしたものか、とあたりを見回す、と、
ふと、足元が揺れた。
(地震──!?)
しゃがみそうになり、こらえる。いやな臭いが、つうんと鼻をさす。
この臭いは──
(スライム!?)
部屋が、ぐにゃりと歪んだ。




