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異世界八景  作者: 楠羽毛
夢の世界
87/206

歪み

 からっぽの部屋。

 入居前のアパートの一室のような。

 窓はなく、じめっとして薄暗い。足元は石床のようだが、切れ目はなく、打ちっぱなしのコンクリートのように平らにならされている。

 壁にも、床のうえにも、何もない。

(倉庫かな?)

 朱里は首をかしげた。てっきり、厨房かと思ったが。

 それにしても、埃のつもった様子もない。床も壁も、ぴかぴかだ。


 少し、部屋を歩いてみる。


 ブーツのかかとが、こつん、こつん、と音をたてる。

 四方の壁を、つうっと指でなぞって、ぐるりと回る。

 何もない。が、おかしい。

 距離感が、である。

 壁の端から端まで、どうみても10メートルはない。それなのに、壁に手をつけて歩いてみると、おおよそ三十歩。王宮戦士アカリの広い歩幅で、である。

 もう一度歩いてみると、こんどは五十歩あまり。


 さて──


「あたしの感覚がおかしいのかなぁ。ねえ?」

 横をみて、そう訊いてみる。答えはない。

「ふうむ。」

 朱里はつぶやいて、腰の剣をぬいた。

 考えてわからぬものなら、いろいろ試してみるほかない。

「鉛筆かチョークでもあればいいんだけど。」

 ヘルパーにあてつけるように、大きな声でそういって、剣をふりあげる。

 まずは一歩目。ブーツのつま先のあたりに、目印を刻む──


 かつん!


 はじかれる。

 もう一度。


 きん、とするどい音がして、きっさきが欠けた。

「……カッターナイフじゃあるまいし。」

 どうしたものか、とあたりを見回す、と、


 ふと、足元が揺れた。


(地震──!?)

 しゃがみそうになり、こらえる。いやな臭いが、つうんと鼻をさす。

 この臭いは──

(スライム!?)


 部屋が、ぐにゃりと歪んだ。

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