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異世界八景  作者: 楠羽毛
夢の世界
86/206

食堂

 館の玄関扉には、鍵はかかっていなかった。

 朱里は、足音をしのばせてホールに入っていった。灯りはないが、窓が大きいので暗くはない。とはいえ、人けのない屋敷というのは、それだけでどこか恐ろしい。

(ホラーゲームみたい!)

 そう、一人ごちながら、あたりを見回す。吹き抜けで二階へとつづく階段、右に廊下、左手には小さめの扉がひとつ。

 ため息ひとつ。まさしく、ゲームの1シーンだ。

 それにしても……、

「隠しステージかな?」

 このタイミングで過去編、というのは、どういうことなのか。

 ヘルパーに聞いても、どうせまともな答えは返ってこない。


 ともかく、廊下から探索することにする。

 気配を殺すのもめんどうになり、遠慮なくひたひたと音をたてて歩く。

「……カセイジンがいたらなァ」

 ヘルパーよりよっぽどいい話し相手になるのに。

 廊下の端から、ひとつづつ扉をあけて、探索する。

 豪奢な椅子が四つならんだローテーブル、真っ赤なじゅうたん、壁には絵画のある大きな部屋。

 隣の部屋には、天蓋つきの大きなベッド、書き物づくえに椅子。

 書き物づくえの引き出しのなかは、空っぽ。クローゼットとおぼしき空間も、その脇の小物入れも。ベッドはきれいに整えられていて、生活感はない。

 客間だろうか。

 それから、食堂。20人は座れそうな大きな食卓の真ん中に、燭台がずらり。いずれも、白いろうそくが。

(……ん?)

 朱里は眉をひそめた。蝋燭に、火がついている。

 蝋燭は、いずれも新品のようだ。ほとんど蝋が落ちた様子はない。火がついたばかりということか。

(誰かが……ついさっきまで、ここにいた?)

 違和感が、胸につかえて騒いでいる。

 蝋燭の火が、やけに明るい。

 近づいて、手をかざしてみる。熱くない。

 炎に手をふれると、氷のようにつめたい。

 思いきって、芯をぎゅっとつまんでみる。炎は微動だにしない。

 微動だにしない、ということは、

(……揺れない。)

 息をふきかけてみる。炎は動かない。もちろん、消えもしない。

 ぞっとした。

 ふと現実感がゆがむような心持がして、奥歯をかみしめる。

 顔をあげる。入口と反対側に、奥へと進む扉がある。食堂の奥なら、厨房だろうか。ともかくも、調べてみなくては。

 無造作にドアをあけて、ふみこむ。食堂とは対照的に、薄暗い、じめじめした部屋に。


 そこには、何も、なかった。

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