食堂
館の玄関扉には、鍵はかかっていなかった。
朱里は、足音をしのばせてホールに入っていった。灯りはないが、窓が大きいので暗くはない。とはいえ、人けのない屋敷というのは、それだけでどこか恐ろしい。
(ホラーゲームみたい!)
そう、一人ごちながら、あたりを見回す。吹き抜けで二階へとつづく階段、右に廊下、左手には小さめの扉がひとつ。
ため息ひとつ。まさしく、ゲームの1シーンだ。
それにしても……、
「隠しステージかな?」
このタイミングで過去編、というのは、どういうことなのか。
ヘルパーに聞いても、どうせまともな答えは返ってこない。
ともかく、廊下から探索することにする。
気配を殺すのもめんどうになり、遠慮なくひたひたと音をたてて歩く。
「……カセイジンがいたらなァ」
ヘルパーよりよっぽどいい話し相手になるのに。
廊下の端から、ひとつづつ扉をあけて、探索する。
豪奢な椅子が四つならんだローテーブル、真っ赤なじゅうたん、壁には絵画のある大きな部屋。
隣の部屋には、天蓋つきの大きなベッド、書き物づくえに椅子。
書き物づくえの引き出しのなかは、空っぽ。クローゼットとおぼしき空間も、その脇の小物入れも。ベッドはきれいに整えられていて、生活感はない。
客間だろうか。
それから、食堂。20人は座れそうな大きな食卓の真ん中に、燭台がずらり。いずれも、白いろうそくが。
(……ん?)
朱里は眉をひそめた。蝋燭に、火がついている。
蝋燭は、いずれも新品のようだ。ほとんど蝋が落ちた様子はない。火がついたばかりということか。
(誰かが……ついさっきまで、ここにいた?)
違和感が、胸につかえて騒いでいる。
蝋燭の火が、やけに明るい。
近づいて、手をかざしてみる。熱くない。
炎に手をふれると、氷のようにつめたい。
思いきって、芯をぎゅっとつまんでみる。炎は微動だにしない。
微動だにしない、ということは、
(……揺れない。)
息をふきかけてみる。炎は動かない。もちろん、消えもしない。
ぞっとした。
ふと現実感がゆがむような心持がして、奥歯をかみしめる。
顔をあげる。入口と反対側に、奥へと進む扉がある。食堂の奥なら、厨房だろうか。ともかくも、調べてみなくては。
無造作にドアをあけて、ふみこむ。食堂とは対照的に、薄暗い、じめじめした部屋に。
そこには、何も、なかった。




