過去
次の瞬間──
朱里は、見知らぬ建物のまえにいた。
かすかにめまいを感じて、首をふる。実際に瞬間移動したわけではないはずだ。それでも、耳のおくが揺すぶられたような感じがする。
大きな、門。学校の門のように、がらがらと両側から引っ張るタイプの。門のむこうは、うっそうとした木々が生えている。森のようだが、よく見るときれいに敷石がされた道と、その両脇には花壇のようなものがある。庭らしい。
「ヘルパー!」
朱里は大声でどなった。男のような低い声で。
とたんに、目の前に、巻物を広げたような長方形のエフェクトがあらわれる。ヘルパーだ。
『二か月前──
王宮戦士アカリは、失踪したレバニィ伯爵の館にやって来ていた。』
ヘルパーに、状況説明が表示される。ごていねいに、日本語である。
『主人である騎士ガリアンから、この館を調査し、レバニィの行方を探すよう命じられたのである。』
「……あー、はいはい。過去編ってわけね」
朱里はちょっと冷めた目で、ヘルパーに手をふった。展開が急すぎる。
『そして、彼女に与えられたもう一つの指令。それは、レバニィ伯爵が所持していた霊薬を確保し、ガリアンに届けることであった。』
「えー、……なんか生々しくてヤダな。その指令」
ようは麻薬じゃないの、それ。後半はなんとなく口にはださずに、とにかく門のむこうを見つめる。
朱里は、レバニィ伯爵にはまだ会ったことはない。ヘルパーと、ルナと出会う直前に騎士ガリアンから聞かされた知識があるだけだ。
いずれ、対決することになろうと思ってはいるが。
「……ヘルパー、ルナはどうしたの?」
ふと思いついて、問いかける。
答えはない。
ため息をついて、朱里は門に手をかけた。馬鹿なことを訊いたものだ。過去なのだから、ルナはまだ都で平和に暮らしているに決まっている。いや、
そもそも、存在しないのかもしれない。
(……やめよう、考えるのは。)
ぐっ、と門を押す。動かない。
よく見ると、大きな南京錠がかかっている。反射的にふところに手を入れてから、気づく。鍵開け道具は持っていない。迷宮に行くにあたってガリアンから貰ったものだから、当然だ。
仕方なく、乗り越えることにする。
門の上端に手をかけて、思い切り体を引き上げる。以前より体重はずっと重く、力はずっと強い。そもそも本来の体であったら、上端に手が届くまい。
すとん。
ブーツをはいた足で、門のむこうに降り立つ。
内側から見ると、森のように見えた庭はすっきり整備されている。木々も伸びほうだいというわけではなく、遊歩道に枝がさしかからないよう刈られている。
ただ、うっそうと暗く、人けもない。
「さァ、……行こうかな。」
小さく、誰にともなく、朱里はつぶやいた。




