バシリスク
しばらく、迷路が続く。
二階の迷路とちがい、アカリも道をはっきり覚えているわけではないらしく、分かれ道にくるたびに頭を悩ませている。
「……やっぱり、来たことあるんでしょう。」
ルナの言葉を、あからさまに無視して。
「ねえ、アカリ!」
いらだって、乱暴な言葉をなげかけると、アカリはふと足をとめた。つんのめるようにして、ルナも停止する。アカリが少し先を歩いているが、たいまつを持っているのはルナだ。炎がアカリに近づかないよう、あわてて手元に寄せる。
「……あの、どうしたんです?」
ききかえすと、アカリは顔をこちらに向けないまま、つぶやいた。
「いや、なんか……懐かしくって」
「はあ?」
聞き返すも、それ以上の返事はない。
ふたたび歩きだす。
ため息ひとつ。ルナはあきらめて、
「……この階には、ほかにも魔物が出るのですか?」
「うん、まあ。……なるべく出なさそうな道を歩いてるけどね。でも、なんかいたような気がするんだよなあ」
「何か、って?」
「うーん、なんかこう、存在感が薄い感じの……」
「……幽霊とか?」
「幽霊は見たことないなあ」
「……わたし、見たことありますよ」
「へえ?」
アカリは興味深げに声を高くした。ルナはちょっと気をよくして、
「都に来てからすぐ、となりの小間物屋のおばあさんが亡くなって。わたしはお葬式に出させてもらえなかったんですけど、夜、枕元に立ってくれたんです。ちょっと体が薄くなってたので、触れなかったんですけど。おかげで、ちゃんとお別れできました」
「……うーん、いい話なのかなあ」
「え?」
「いや、まあカルチャーギャップというか……、まあいいや。」
ふたたび、たちどまって。
「思いだした。このあたりに出る、魔物。厄介なやつ」
「え?」
「これ、頭にかぶせておきな。松明は私が持つから」
そういって、アカリは、はおっていたマントをはずしてルナにおしつけた。
「……なぜです?」
「だって、ほら……、」
すっと、松明を天井に向ける。あかりが、とどくか届かないかのぎりぎりの位置に、小さなとかげがはりついている。
天井と同じ、にじんだ灰色。言われなければ気づかなかったろう。通路の真ん中をにらむようにして、ちいさく口をあけている。
「見えていれば、どうってことないんだけどね……、」
なにか、いやなことでも思い出すように、アカリはため息をついた。
つかつかと歩みより、背伸びして、松明をぐいと突き刺すように押し付ける。
じっ、と嫌なおとをたてて、とかげが唾をとばした。
皮が焦げるにおいが、あたりにとびちる。やがて、焦げて目をとじたとかげが、ぼたりと床に落ちた。アカリは肩をすくめて、松明をおろした。
「……ね、どうってことないでしょ。」
にっこりと笑って、そう声をかける。
ルナは、石化したマントの下で、目をまん丸くしてたちつくしていた。




