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異世界八景  作者: 楠羽毛
夢の世界
82/206

バシリスク

 しばらく、迷路が続く。

 二階の迷路とちがい、アカリも道をはっきり覚えているわけではないらしく、分かれ道にくるたびに頭を悩ませている。

「……やっぱり、来たことあるんでしょう。」

 ルナの言葉を、あからさまに無視して。

「ねえ、アカリ!」

 いらだって、乱暴な言葉をなげかけると、アカリはふと足をとめた。つんのめるようにして、ルナも停止する。アカリが少し先を歩いているが、たいまつを持っているのはルナだ。炎がアカリに近づかないよう、あわてて手元に寄せる。

「……あの、どうしたんです?」

 ききかえすと、アカリは顔をこちらに向けないまま、つぶやいた。

「いや、なんか……懐かしくって」

「はあ?」

 聞き返すも、それ以上の返事はない。

 ふたたび歩きだす。

 ため息ひとつ。ルナはあきらめて、

「……この階には、ほかにも魔物が出るのですか?」

「うん、まあ。……なるべく出なさそうな道を歩いてるけどね。でも、なんかいたような気がするんだよなあ」

「何か、って?」

「うーん、なんかこう、存在感が薄い感じの……」

「……幽霊とか?」

「幽霊は見たことないなあ」

「……わたし、見たことありますよ」

「へえ?」

 アカリは興味深げに声を高くした。ルナはちょっと気をよくして、

「都に来てからすぐ、となりの小間物屋のおばあさんが亡くなって。わたしはお葬式に出させてもらえなかったんですけど、夜、枕元に立ってくれたんです。ちょっと体が薄くなってたので、触れなかったんですけど。おかげで、ちゃんとお別れできました」

「……うーん、いい話なのかなあ」

「え?」

「いや、まあカルチャーギャップというか……、まあいいや。」

 ふたたび、たちどまって。

「思いだした。このあたりに出る、魔物。厄介なやつ」

「え?」

「これ、頭にかぶせておきな。松明は私が持つから」

 そういって、アカリは、はおっていたマントをはずしてルナにおしつけた。

「……なぜです?」

「だって、ほら……、」

 すっと、松明を天井に向ける。あかりが、とどくか届かないかのぎりぎりの位置に、小さなとかげがはりついている。

 天井と同じ、にじんだ灰色。言われなければ気づかなかったろう。通路の真ん中をにらむようにして、ちいさく口をあけている。

「見えていれば、どうってことないんだけどね……、」

 なにか、いやなことでも思い出すように、アカリはため息をついた。

 つかつかと歩みより、背伸びして、松明をぐいと突き刺すように押し付ける。


 じっ、と嫌なおとをたてて、とかげが唾をとばした。


 皮が焦げるにおいが、あたりにとびちる。やがて、焦げて目をとじたとかげが、ぼたりと床に落ちた。アカリは肩をすくめて、松明をおろした。

「……ね、どうってことないでしょ。」

 にっこりと笑って、そう声をかける。

 ルナは、石化したマントの下で、目をまん丸くしてたちつくしていた。

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