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異世界八景  作者: 楠羽毛
夢の世界
81/206

まどわしの杖

 ひゅい、と風をきる音をたてて、鳥が飛んでいった。

 つばめのように見えた。ルナはふっと力が抜けて、腕を落とした。杖の先端の飾りが、なくなっている。ゴーレムの肘のさきをかすめて、顔のまわりを、ぐるぐるぐると飛びまわる。

 拳は落ちてこなかった。

 ゴーレムは、ぐるりと首をまわして、鳥を目で追っているようだった。のろのろと腕をふりあげて、とらえようとしているように見える。

「はやく、こっちへ!」

 アカリは、ようやく立ち上がって、ルナにそう声をかけた。

「すぐ効果が切れる! ゴーレムから離れて!」

 アカリのうしろに隠れるように走るルナを、目線のすみにおさめて。


 朱里は、ぎん、とブロンズゴーレムをにらんで、鞘におさめた剣をにぎった。

 じいっと、見る。全身を、なめるように。

 すると、十字のもようが視界にうかんで、背中の一点をさし示す。

(……狙いにくいなぁ)

 ゴーレムの背が高すぎて、ふつうに攻撃したのでは、届かない。まして、背中である。まどわしの杖の効果が切れたら、すぐに視界から外れてしまう。

 杖の効果は、たしか30秒くらい。ということは、あと10秒くらいか。

 すぐにチャージに入らなくては、間に合わない。

 朱里は柄を握った手をひらいて、それから中指だけを曲げた。

『起動』のサインである。

 動かずに5秒。その間にターゲットが視界から外れたら、発動しない。

「アカリ……」

 ルナが不安げにつぶやくのが聞こえる。振り向きたいが、動けない。


 5、

 4、

 3、

 2、

 1、……


 ゼロ!


 体が自動的に動く。床を蹴る。跳ねて、ターゲットされたゴーレムの背中、肩甲骨の下あたりに達する。スローモーション。空中で静止したように、腕だけが動く。居合のように剣を抜きはなつと同時に、叩きつけるように横なぎに斬る。

 床に降り立ったところで、体が自由をとりもどす。

 ぎりり、と不穏な音をたてて、ゴーレムの体にひびが入る。同時に、ぐるりと向きをかえてこちらに拳を向ける。

 杖の効果が切れたのだ。

「……ルナ、さがって」

 ちいさく、ささやく。

 まどわしの杖が使えなければ、後ろにまわりこんで斬るしかない。ルナをかばっていては、走れない。

 けれども、ルナは離れなかった。

 片手に、飾りのない杖、もう片手で朱里の服のすそにそっと触れている。

 かすかな震えが、布ごしに伝わって来る。

(……仕方ないなァ、)

 すこし気分をよくして、朱里は剣を握りなおした。正面からでも、少しはダメージが通るはずだ。武器も新しくなったし、なんとかはなるだろう。

「だいじょうぶ。……わたしがいるから。」

 ささやく。……こんなせりふ、瑠奈には言ったことがないな、と思いながら。


 それから、


 ゴーレムは、ずうんと轟音をひびかせて、崩れおちた。

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