まどわしの杖
ひゅい、と風をきる音をたてて、鳥が飛んでいった。
つばめのように見えた。ルナはふっと力が抜けて、腕を落とした。杖の先端の飾りが、なくなっている。ゴーレムの肘のさきをかすめて、顔のまわりを、ぐるぐるぐると飛びまわる。
拳は落ちてこなかった。
ゴーレムは、ぐるりと首をまわして、鳥を目で追っているようだった。のろのろと腕をふりあげて、とらえようとしているように見える。
「はやく、こっちへ!」
アカリは、ようやく立ち上がって、ルナにそう声をかけた。
「すぐ効果が切れる! ゴーレムから離れて!」
アカリのうしろに隠れるように走るルナを、目線のすみにおさめて。
朱里は、ぎん、とブロンズゴーレムをにらんで、鞘におさめた剣をにぎった。
じいっと、見る。全身を、なめるように。
すると、十字のもようが視界にうかんで、背中の一点をさし示す。
(……狙いにくいなぁ)
ゴーレムの背が高すぎて、ふつうに攻撃したのでは、届かない。まして、背中である。まどわしの杖の効果が切れたら、すぐに視界から外れてしまう。
杖の効果は、たしか30秒くらい。ということは、あと10秒くらいか。
すぐにチャージに入らなくては、間に合わない。
朱里は柄を握った手をひらいて、それから中指だけを曲げた。
『起動』のサインである。
動かずに5秒。その間にターゲットが視界から外れたら、発動しない。
「アカリ……」
ルナが不安げにつぶやくのが聞こえる。振り向きたいが、動けない。
5、
4、
3、
2、
1、……
ゼロ!
体が自動的に動く。床を蹴る。跳ねて、ターゲットされたゴーレムの背中、肩甲骨の下あたりに達する。スローモーション。空中で静止したように、腕だけが動く。居合のように剣を抜きはなつと同時に、叩きつけるように横なぎに斬る。
床に降り立ったところで、体が自由をとりもどす。
ぎりり、と不穏な音をたてて、ゴーレムの体にひびが入る。同時に、ぐるりと向きをかえてこちらに拳を向ける。
杖の効果が切れたのだ。
「……ルナ、さがって」
ちいさく、ささやく。
まどわしの杖が使えなければ、後ろにまわりこんで斬るしかない。ルナをかばっていては、走れない。
けれども、ルナは離れなかった。
片手に、飾りのない杖、もう片手で朱里の服のすそにそっと触れている。
かすかな震えが、布ごしに伝わって来る。
(……仕方ないなァ、)
すこし気分をよくして、朱里は剣を握りなおした。正面からでも、少しはダメージが通るはずだ。武器も新しくなったし、なんとかはなるだろう。
「だいじょうぶ。……わたしがいるから。」
ささやく。……こんなせりふ、瑠奈には言ったことがないな、と思いながら。
それから、
ゴーレムは、ずうんと轟音をひびかせて、崩れおちた。




