宝箱
第八十九話 宝箱
いくつもの罠をくぐりぬけた先に、箱がひとつ。
大きさは、衣装をしまう長持くらい。松明の灯をうけてぎらりと輝く、金属製の枠のあいだは、脂が塗られた木の板で。よく見ると、正面に大きな鍵穴が。
「……見ててごらん。」
アカリが、ちいさく声をかけて、とんとん、と箱の腹を叩き、それから耳を近づける。
それから、懐から小さな火口箱のようなものを出して、蓋をあけると、なかには6本の、先がいろんなかたちに曲がった小さな蚤のようなものが。くるくる、とその先を鍵穴に回しいれて、すこし動かしてから、もう一本を左手に持って箱と蓋の隙間にさしいれ、持ち上げると、
がちゃん、と大きな破裂音。
「……よし、開いたよ。罠も壊れた」
「どこで覚えたんです、そんな技?」
「ないしょ」
唇に指をあてて、にやりと笑う。
蓋を持ち上げると、錠前仕掛けのむこうに、固定された小さな箱があり、そのなかに細かく割れた陶器の破片と、どろりとした黒い液体が散らばっていた。
アカリは、素手で触れないよう注意深く小さな箱を外して、わきにおいた。
その下には、柄に紅い宝石のついた、両刃の直剣。ずいぶん長い。鞘には、蛇のような模様がきざまれている。
それから、杖と、着替え一式、
「……どうして、こんなものが?」
「さあ?」
さらには、手持ち型のランプと、油の入った小瓶。干し肉。
すべて、取り出すと、奥には小さな木札が一枚。
柱に、からみつく二匹の蛇を、一筆書き。そんなふうに見える。
「……大樹の魔女の花押だよ」
アカリが、小さくつぶやく。
「では、これは……」
「さあね。今度あったら、聞いてみよう」
アカリは早速、剣をぬいて、しげしげと刃をながめた。それから、杖をルナに。
「……もう、持ってます」
「いいから、取り替えておきな」
新しい杖は、先端に、鳥のような形をした、つめたい金属の飾りがついている。鉄かと思ったが、やけに軽い。紙のようだ。
「これで殴ったら、痛そうですね」
「いい武器だろ?」
冗談とも本気ともつかない声で、アカリはいった。
「……さて、ちょっと休憩して、着替えておこうか。」
ルナが、「え、」と高い声をあげるが、アカリはかまわずぐっと伸びをして、手際よく革鎧を脱ぎはじめた。
服は昨夜も着替えたが、鎧はかるく拭いただけなので、影狼と戦ったときの血のりが残っている。
「もう、綺麗な服持ってないからさあ。丁度よかった」
マントを地面に落として、ぎゅっと締めていた鎧下の帯をとく。脱ぎ捨てると、下は絹のブラウスに膝丈のズボン。ブラウスの前をあけたところで、目をそらしていたルナが、おもわず、小さな声をあげる。
「アカリ、……女性だったんですか!?」
「そうだよ?」
あいかわらず男のように低い声で、アカリはにっこりと笑う。
(……なんてこと。)
ルナはかっと顔を赤くして、床をみつめた。
松明のあかりが、熱くなった頬をてらす。心臓がかすかに痛む。
まったく、なんてこと!




