階下へ
ヒュッ……!
剣戟一閃、アカリは振り向きざまに、粘体をなかばから断ち切って、ごろごろと地面に転がった。松明は自然と手から離れて、火がついたままルナの足元に落ちてきた。
アカリはすぐに立ち上がると、松明を拾ったルナの袖をひいて、走りだした。
タタタタ、とふたりでしばらく駆けて、ようやく壁に背をもたせて息をつく。粘体はとっくに見えない。ゆっくりゆっくり、こちらに這ってきているようだが。
「……見てごらん。」
アカリは、抜き身の真ん中あたりを、松明の灯に近づけてみせた。
錆びている。刃が折れそうなほどに。
「あの粘液を斬ったせいですか。」
「そう。それに……、」
アカリは腰をおろして、右足の踵をもちあげてみせた。
ブーツが半分消失して、血にまみれている。
「この状態で、走ったのですか。」
「言ったろ。あまり、痛みは感じないんだ」
「そういうことでは……、」
ルナは、あわててアカリの頬に手をやった。
「治しますよ。」やわらかく声をかけて。
ふうわりと、あたたかい血の流れのようなものが、ふたりをつなぐ。
それから、脈動。
「……これ、心臓の音かなあ。」
アカリは、切れ長の目をふわりと緩めて、そうつぶやいた。
ルナは、「ちがいます。」とだけ言って黙った。このリズムがなにから来るものなのか、実のところはルナにもわからない。つねに一定の間隔で脈動し、一拍ごとに全身に満ちていく。
少なくとも、心臓の音でないのはたしかだ。
だって、今、ルナの心音はひどく乱れているから。
治療はすぐに終わった。
ルナはさっと立ち上がった。アカリは一拍おくれて立とうとしたが、こわれたブーツのせいでバランスをくずしかけた。反射的に、ルナは手をさしだした。アカリにぎゅっと握られて、おもわず赤面する。
「……ありがとう。」
「どういたしまして!」
ぷいと横をむいて、叫ぶ。
アカリの屈託のない笑顔が、憎らしかった。
*
ブーツは、その場に捨てていくことにした。
折れそうな剣は、替えがないのでそのまま持っていく。
このさき、武器なしで大丈夫なのか。ルナは不安だったが、アカリはさして心配していないようだった。
「どうせ、また手に入るさ。」
こんな古い地下の、どこに使える剣があるというのか。
とにかく、もう魔物が出ないといいが。
「次の階は、本格的な迷宮だ。道に迷わないように気をつけよう」
あいかわらず軽い口調で、アカリはそう言った。
地下2階へ。




