粘体
アカリがさっと手を出して、ルナをさがらせた。
粘液、であった。
たいまつの光にてらされて、緑色の液体が、ぞろりぞろりと、アカリの足へむかって這い寄ってくる。
液体のなかには、小さな泡、極小の虫のようなもの、それから、
大きな目玉。
「ひっ……!」
おもわず、ルナが悲鳴をあげると、粘液の動きが変わった。
さっきまで床を這うだけだったそれが、大きく、かまくびをもたげるようにして、ルナの顔にむけて伸びあがってきた!
「わぁっ!」
「黙って!」
アカリがささやく。ルナはとびのいて、尻もちをつきそうになった。アカリはルナを抱きとめるようにして、いっしょに10歩ほどさがった。
「……音に反応するんだ。しずかにしていれば、大丈夫」
「触ったらどうなるんですか、あれ!?」
「知らないほうがいい、かもね」
アカリはにっこりと笑うと、たいまつをふたたび前にかざした。粘液は、ゆっくりとこちらに向かってきている。動きは鈍いが、床のほとんどをうめつくすように広がっており、触れずに通るのは難しそうだ。
「……燃やしたらどうです?」
たいまつの火に目をやって、ルナがささやいた。
「燃やすと、たくさん煙が出る。こんな場所で煙を吸ったら、息が詰まって倒れるだけだ」
「試したんですか?」
「うん、……いや、試さなくてもわかるさ」
アカリは首をふって、すらりと剣を抜いた。
「斬るんですか!?」
「いいや。」
アカリは、剣の柄を壁にむけると、力を込めて壁に叩きつけた!
がん、がん、がん、がん、
一定のリズムで、少しずつ位置をかえて。
もう一方の手では、たいまつをかざして、粘液を照らしている。
すると、少しずつ、アカリが叩いている壁に、粘液が近寄ってくる。
壁を叩いている音に、引き寄せられているのである。
じわり、じわりと、壁を這い登ってくる。それにつれて、反対側の壁ぎわに、少しずつ隙間ができていく。
やがて、なんとか一人が通れるくらいの道ができた。
「……ゆっくり、通るんだよ」
アカリは、小さな声でいった。
もう、ほとんどアカリの手のあたりまで、粘液は寄ってきている。ルナは、こくんと頷くと、足音を忍ばせて、少しずつ進み始めた。
一歩、二歩、三歩、
十歩ほどで渡り終えて、無言のまま手を振る。
アカリは、少しずつ後ずさりしながら、壁を叩き続けた。粘液はさらに偏っていく。そうして、粘液がアカリの手めがけて壁からぐいと鎌首をもたげた瞬間、アカリは走りだした!
ルナの通った道を、足音を忍ばせてではなく、全速力で走り抜けていく。そのとたん、粘液はアカリの足音を感知して、ざあっと波だった。すぐに道が消えていく。最後の一歩を駆け抜けようとした瞬間、足元に粘液が満ちた。じゅっといやな音と煙があたりに広がる。それでも、最後までかけぬけたアカリの、背中に。
「あぶない!」
迫る、鎌首。ルナの、悲痛な叫び声。




