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異世界八景  作者: 楠羽毛
夢の世界
71/206

捜索

 目を覚ますと、するどい陽光がまぶたを透かして脳裏をつらぬく。ルナは、がばと身を起こして、あたりを見回した。

 焚き火は、とうに消えている。

 アカリが、くつろいだ様子で大鞄をあけて、なにかを取り出そうとしている。しばらくごそごそしてから、小さな麻布包みをふたつ掴みだして、こちらに見せつけるようにかるく手を振ってきた。

 ルナは目をぱちぱちさせて、

「えっと、」

 ちいさく呟いた。いつのまにかルナの身体は、毛布に包まれていた。アカリは、血にまみれていた肌着から着替えたらしく、清潔な白いシャツとマントに身を包んでいる。あとは革鎧に、うすく拭い残しのあとが残るばかり。

「おはよう。」

 布包みが、放り投げられる。ぽんと、両手をひろげて受け止めると、

 干し肉と、大きなパン。それから、硬いチーズ。

「こんなに、」とつぶやきかけたところで、ぐうと腹が鳴った。アカリが小さく笑って、

「体力をつけておきなよ。これから、また歩くんだ。」

 いいながら、革袋をこっちへよこす。中身は水だ。昨日は、ほとんど尽きかけていたはずだが。いつの間に汲んできたのか。

「……『扉』には、あとどくらいで着くのでしょうか。」

「たぶん、今日の夜には。……昼間のうちに、寄っておきたいところがある」

「どこです?」

「アリーシアの廃墟。扉の罅からあふれ出た魔物に滅ぼされたそうだ。それを確かめるのも、今回の任務の一つなんだ」

「はァ……」

 ルナは昨夜のことを思い出して、ため息をついた。

 魔王だの、闇の生命だの、……ただの与太話のようだ。

 けれども、ゆうべの滴り落ちる血のしずくは、まちがいなく。


 現実の、命のかけらだった。



 アリーシアには、ぞっとするような光景が広がっていた。

 ぷうんと、乾いても臭うような肉のあと。血は雨で流れて、ただ、喰い残しの骨と肉片と、刻まれた皮のかけらが散らばって。

 ルナは、二度、吐いた。アカリはルナを気遣いながらも、ずんずんと進んでいった。来たことがあるのか、と問おうにも、気力が萎えてしまった。

 大きな壁に背をかけて、しゃがみこむ。背中にあるこの家は、たぶん村長か、大地主の屋敷といったところか。敷地を囲む塀は高く、門も大きい。

 その門の前に、きれいなドレスをきた女の死体がふたつ。腹を裂かれて。

 年かさの女の腹には、残骸、としかいいようがないほど傷ついた──

(汗が、……止まらない)

 いやな匂いのする、汗が。

 目をつぶって耐えていると、ぼろぼろと涙があふれてくる。

 これが、魔物の仕業か。

 いったい、魔物とは──


「……おまたせ。」

 目を細めたアカリの顔が、目の前にあった。

「これ、使いなよ。」

 濡れた手巾をさしだしてくる。受け取りながら、気づく。アカリの左手に、走り書きのようなものが記された紙が、数枚。さっきは持っていなかった筈だ。

 屋敷に入ったのは、このためか。

「さァ、……ゆこう。日が暮れると、魔物が出てしまうよ。」

 アカリは、にっこりと笑って、そう言った。

 母か姉のような、やさしい声で。

 男のくせに。

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