捜索
目を覚ますと、するどい陽光がまぶたを透かして脳裏をつらぬく。ルナは、がばと身を起こして、あたりを見回した。
焚き火は、とうに消えている。
アカリが、くつろいだ様子で大鞄をあけて、なにかを取り出そうとしている。しばらくごそごそしてから、小さな麻布包みをふたつ掴みだして、こちらに見せつけるようにかるく手を振ってきた。
ルナは目をぱちぱちさせて、
「えっと、」
ちいさく呟いた。いつのまにかルナの身体は、毛布に包まれていた。アカリは、血にまみれていた肌着から着替えたらしく、清潔な白いシャツとマントに身を包んでいる。あとは革鎧に、うすく拭い残しのあとが残るばかり。
「おはよう。」
布包みが、放り投げられる。ぽんと、両手をひろげて受け止めると、
干し肉と、大きなパン。それから、硬いチーズ。
「こんなに、」とつぶやきかけたところで、ぐうと腹が鳴った。アカリが小さく笑って、
「体力をつけておきなよ。これから、また歩くんだ。」
いいながら、革袋をこっちへよこす。中身は水だ。昨日は、ほとんど尽きかけていたはずだが。いつの間に汲んできたのか。
「……『扉』には、あとどくらいで着くのでしょうか。」
「たぶん、今日の夜には。……昼間のうちに、寄っておきたいところがある」
「どこです?」
「アリーシアの廃墟。扉の罅からあふれ出た魔物に滅ぼされたそうだ。それを確かめるのも、今回の任務の一つなんだ」
「はァ……」
ルナは昨夜のことを思い出して、ため息をついた。
魔王だの、闇の生命だの、……ただの与太話のようだ。
けれども、ゆうべの滴り落ちる血のしずくは、まちがいなく。
現実の、命のかけらだった。
*
アリーシアには、ぞっとするような光景が広がっていた。
ぷうんと、乾いても臭うような肉のあと。血は雨で流れて、ただ、喰い残しの骨と肉片と、刻まれた皮のかけらが散らばって。
ルナは、二度、吐いた。アカリはルナを気遣いながらも、ずんずんと進んでいった。来たことがあるのか、と問おうにも、気力が萎えてしまった。
大きな壁に背をかけて、しゃがみこむ。背中にあるこの家は、たぶん村長か、大地主の屋敷といったところか。敷地を囲む塀は高く、門も大きい。
その門の前に、きれいなドレスをきた女の死体がふたつ。腹を裂かれて。
年かさの女の腹には、残骸、としかいいようがないほど傷ついた──
(汗が、……止まらない)
いやな匂いのする、汗が。
目をつぶって耐えていると、ぼろぼろと涙があふれてくる。
これが、魔物の仕業か。
いったい、魔物とは──
「……おまたせ。」
目を細めたアカリの顔が、目の前にあった。
「これ、使いなよ。」
濡れた手巾をさしだしてくる。受け取りながら、気づく。アカリの左手に、走り書きのようなものが記された紙が、数枚。さっきは持っていなかった筈だ。
屋敷に入ったのは、このためか。
「さァ、……ゆこう。日が暮れると、魔物が出てしまうよ。」
アカリは、にっこりと笑って、そう言った。
母か姉のような、やさしい声で。
男のくせに。




