ダグール
翌日──
城下町、クラデが立往生した路地からほど近い、ちいさな商店街のようなところで、朱里は花屋を探していた。
カセイジンに道案内させようかと思ったが、やめた。昨夜の態度がなんとなく気になったからだ。とはいえ、離れることはできないようで、今も肩のあたりに浮かんでいる。
気にするのは、やめた。どうせ、他人には見えないのだ。
さて、
朱里は、花屋へ。
きのうの串焼き屋のような小さな店舗ではない。平屋だが、10メートル四方はありそうな建物をちゃんとかまえている。鉢植えや、壺に入った生花が、道にはみだすようにずらりと並んでいる。値札は、どこにもないようだ。
店にはいると、花がずらりと並んだ薄暗い部屋の奥で、革のエプロンをきた男の店員が、椅子にすわって客待ちをしている。その奥は廊下といくつかのドア。私室のようだ。
男の店員。いや、店主か。20歳前後、長身で黒髪の。
(イケメン……かな?)
ぼんやりと、そう思う。クラデの恋人というから、もう少し派手な顔だちを想像していた。垂れ目ぎみ、よく言えば優しそうな目つきに、小さく低い鼻、剃り残したような髭。痩せてみえるが、露出した腕をみると、鍛えてはいるようだ。
近づくと、顔をあげてこちらをみる。きれいに澄んだ、黒い眼で。
「……あのう、花束を。」
なるべくあやましまれぬよう、言葉をえらびながら、そう声をかける。
「花束を、つくってください。贈りものなの」
「はい、お嬢さん」
愛想よく、歯をみせてわらう。クラデとは、まるで真逆の雰囲気だ。
「なにか、ご希望は?」
「おまかせします。あまり大きすぎてはこまるけど。……なるべく、派手に。」
なんとなく、クラデ王女のことを考えながら、そうオーダーする。赤いバラの花束。この国に薔薇があるのかどうか知らないが、そんなイメージだ。
「はい、わかりました。」
予算のことはきかれなかった。値段はきまっているのだろうか。どのみち、支払いの心配はないが。
店主は、ならんでいる壺から、てぎわよく花をえらびだして、まとめはじめた。優秀な花屋なのだろう。たぶん。
「……ダグールさん、」
と、声をかけてみる。それから、名前を出してしまったことに気づき、言い訳を考える。
「まえに、おめにかかりましたか。」
男は眉をあげて、手をとめずに声をかえす。あまり気にしてはいないようだ。
「いえ。……あちらの紅い花も、いれてくださいませんか。入口の右端にあった、大輪の。それから、反対側の、紫色の小さな花も。」
「わかりました。」
わざと、遠くの花を指定して、席を外させる。
その、すきに。
朱里は、しのびあしで廊下にあがり、ふるえる手でそっとドアを開いた。
侵入するほどの時間はない。見るだけだ。
男の一人ぐらしらしく、脱いだものが床にむぞうさに転がしてある。厚目のラグを敷いた小さな居間。ちゃぶ台のようなテーブルがひとつ。靴は脱いであがる部屋らしく、ドアのそばに小さなたたきがある。
さらに目を走らせる。
居間のむこう、次の間へつづくドア。閉まっている。いや、
わずかに、開いている。
ちらりと、入口のほうをみる。ダグールはまだ、外で花を選んでいるようだ。どれくらいで戻ってくるか。たぶん、あと五秒、いや十秒くらいはあるか。
決断した。
ドアを大きく開き、膝立ちで部屋にあがる。靴の裏をつけないよう気をつけながら、すばやく這って、次のドアのところへ。ためらわずドアを押す。
ひと呼吸のあいだだけ、くるりと目をめぐらし、頭に刻みつける。
特にあやしいものはない。ただの寝室のようだ。脚のない薄マットレスにしきっぱなしの布団、ごちゃごちゃとした帳簿類がサイドテーブルに。その上に、いくつかの白いコイン。
昨日見たコインとは、違う。ひとまわり大きく、複雑な刻みもようがなされている。
入口のところで、小さな物音。
時間切れだ。あわてて、朱里はもとの位置へもどった。




