敵襲
アカリが剣をふるうと、黒い狼は影のようににじんで消えた。
「……まだ、」
小さく、つぶやく。
ルナは、ぞくりと身をふるわせて、地面を見た。斬り捨てられたはずの狼は、どこにもいない。血のかけらさえ、残っていない。
「これが、魔物さ。……これから、こんなものが、いくらでも出て来る。」
落ち着いた声。前にも、後ろにも、獣の息がぞわぞわと近づいてくるのに。
ひゅっと、剣をさげて、アカリは、ルナと焚き火のあいだに立った。「木を背にして、座っていて。」おだやかな声で。
「でも……、」
いったい、何匹いるのだろう。
焚き火のあかりが届かないところに、ぎらりと光る目が、いくつも。
ルナがふるえながら口を開こうとしたとき、焚き火のむこうから、大きく翔んで、
口が、うなじまで裂けた魔物が。
ルナの喉から、絶叫が漏れる寸前、唇にすっと指があてられた。
どきんと、心臓が大きくうつ間に、
アカリは剣をふりあげて、狼の喉を裂いて居る。
刃が動きだしてから、止まるまで、まるで自動人形のようになめらかに、夜のようにしずかに、目にもとまらぬ速さで。
剣術とは、こんなものだっただろうか。
アカリはふっと息をつく。
その間にも、焚き火のむこうから、さらに二対の目が。
「アカリさん、……」
ルナは、懸命に立ち上がろうとしながら、火に照らされたアカリの頬を見る。
少しばかり、焦っているように見えなくもない。
「大丈夫。……ただ、」
ちいさく、口元に笑みをうかべて。
「前にここへ来たときは、もっと少なかったから。」
「はァ……。」
たよりになるのか、ならないのか。
少し、緊張がほぐれた気がする。いつのまにか、脚の震えが止まっていた。ルナは木の幹に背中をあてて、立ち上がった。
あたりを見回す。それから、ぞわりと寒気。
まわり一面から、獣の荒い吐息。
囲まれている。
すぐ、後ろにも──
「アカリ……」
ふるえる唇から、おもわず叫び声が漏れる。
「ルナ!?」
血相をかえて、戦士がふりむく。
それを狙いすましていたように、
焚き火のむこうから、二匹の影狼がいちどに飛び出して、背後からアカリの首元にくらいついた!




