回想
焚火の熱が、晩秋の森をとうとうと照らしている。
都を出てから、3日。大樹の魔女と会ってからは、およそ2日。そろそろ、二人旅にも慣れてきた。こんな事情でなければ、楽しんですらいたかもしれない。
「……アカリさん、」
ルナは、焚き火のそばで膝をかかえて座っていた。ぎらぎらと光る炎が、ぎゅっとまとめた金髪をきれいに映し出す。
きょうは男装である。綿のズボンにシャツ、あたたかい緋の上着に、大きなマント。山歩き用の杖を足元に転がしている。田舎育ちとはいえ、森の奥に入るのは初めてだ。神経を使ったせいか、今日はくたくたに疲れている。
「なあに? ルナ」
アカリは、てきぱきと薪を差して、あかるい声でこたえた。
「あなたは、……なぜこの任務に?」
「うーん、」
アカリは、しばらく遠い目をした。たっぷり1分以上、そのまま固まってから、なにかをやり終えたようにまばたきをして、もう一度口を開いた。
「……王宮で、疎まれたからかな。身分の高い騎士や貴族に、恥をかかせすぎたんだ。普通なら、手心を加えるものだけど」
「へえ……。」
アカリは、革鎧を着たまま。腰にさした剣の柄を、右手の指で所在なげにいじりながら。
するどい、切れ長の目を、たのしげに細めて。
「きみは、なぜ? ルナ。」
少し、馴れ馴れしいな、とルナはおもった。都の人間はこんなものか。
「……わかりません。とつぜん、王宮に呼び出されて……」
「きみも、疎まれているからさ。」
「え?」
「自分で思ってるより、きみは有名人なんだよ。」
ルナはきょとんと首をかしげた。そうなのかもしれないが、実感はわかない。
「でも、」反駁する。「こんな重大な任務に、そんな理由で。」
「重大だなんて、思ってるのは私たちだけ。いまどき、魔女の目なんて、信じているのは……、」
「……治癒能力者は実在するのに?」
「そう。だから、きみは疎まれる。魔女も同じだよ。」
ルナは頭がくらくらして来た。難しい話はよくわからない。
「ひととおりの事情は、聞いてるんでしょう?」
「……大樹の魔女が、魔王の復活を予言したと……、」
「正確には、魔王封印の扉に、ひびが入っているのを『視た』と。それを、『復元の秘薬』で修復するのが、私たちの任務ってわけ。大樹の魔女は、あの木のそばを動けないからね。」
「その薬は、そんなにすごいものなのですか?」
「さァ……使ったことないから、わからない。生物以外ならどんなものでも、修復できるということだけど。」
からからからと、小瓶をつまんで振りながら、アカリは笑った。
「実際には、任務はそれだけではないんだけれど……」
「え?」
聞き返した丁度そのとき、アカリが唇に指先をつけて、するどく、「シッ。」とささやいた。ルナは思わずだまりこんで、アカリの目をみた。
気配。いや、足音か。
けものの、うなり声。
「……ここに、座っていて。」
アカリは無造作に立ちあがった。ルナはとまどいながら、杖をぎゅっと握りしめた。どこかに、野犬でもいるのか。それとも、まさか熊とか。
立ち上がった戦士は、ちゃっと剣をぬきはなつ。そこに、とびかかる、
……黒い影!




