大森林の夜明け
大森林の時間は、アカリタケの明滅を基準とするほかの土地の時間とは、流れかたが違う。一日が少しだけ短く、だいたい24日周期で、時差が増えたり減ったりする。
今は夕方のはずだが、大森林では、明け方というところだ。
「……ここにいると、気分がおかしくなるな。」
騎士ルードレキは、かるく目を伏せてぼやいた。
脳天気な同僚は、気にする様子もない。かれの先をすたすたと歩く騎士ラードナーラは、くるくると目線を高くふりまわしながら、
「いいところだろう。」
と、つぶやく。
「そんなことより、」と口をはさんだのは、女騎士クリムル。「ちょうど森林の真ん中あたりというから、このへんだ。……ラードナーラ、きみはここには詳しいんだろう。よく来るらしいじゃないか」
「まあね。」
生返事を返しながら、ラードナーラはすぐそばの高木に、するすると昇っていった。途中で邪魔になった剣を帯からはずして、地面に投げ捨てる。
「……どうも、あいつは騎士らしくないな」
不満げにぼやくルードレキをとりなすように、「それが、よいところさ。」とクリムルが返す。トリオを組んでそろそろ半年。ゼラ族の寿命からすれば、ずいぶん長いこと一緒にいることになる。
さて、するどくそびえる針葉樹の先端につっと立って、ラードナーラは空を見上げた。
空、といっても、頭上がすべて空いているわけではない。ここは地底の大空洞。上には天井があるのがあたりまえだが、唯一、青空が見えるのがここだ。
はるか頭上、かすんで見るほど上に、大穴。
「……なにも見えないな。」
ゼラ族は目がよいかわりに、強い光には弱い。明けがたのぼんやりした陽光を掌で遮りながら、ラードナーラはそうつぶやいた。
話は、こうだ。
この大森林で木材の採集をしていた男が、奇妙なものを見かけたというのだ。
それは、金属塊のようであった。ゼラ人の体の数倍ほどの大きさで、上部についている装置はぶれて、よく見えない。それでも、鳥や虫ではないことは、すぐにわかった。
上空から、男の目の前まで、ゆっくりと降りてきたのである。
近くで見ると、その金属塊には、目のようなものがあった。じじじ、と虫の羽音のような音をたてながら、真っ黒な単眼でこちらを見つめてくる。
男は悲鳴をあげて逃げ出した。やがてその話が女王の耳に入り、3人の騎士が派遣されてきたというわけである。
ごうと風が吹いた。
観測をあきらめてラードナーラが降りようとしたところだった。ラードナーラは木の皮から手をはなし、空中でくるりと回って受け身をとった。その間も強風が叩きつけてくる。クリムルが悲鳴をあげて地面に這いつくばった。
ラードナーラは地面に転がって、さらに暴風に飛ばされそうになるところを、ルードレキが腕をつかんでおしとどめる。
風がやんだ。
「今のは、……」
「竜でもきたようだな。」
珍しく冗談のような口調で、ルードレキがつぶやいた。
「ばかをいえ。……あっちだ。」
クリムルが指さしたのは、広場のある方向であった。大森林の中心、採集や狩りの拠点とするために管理されている土地である。
何度か、繰返すように、金属音がひびく。やはり、広場のほうからだ。
ラードナーラは剣をひっつかんで走りだした。二人が後につづく。
広場が近づくにつれ、さきほどの金属音とはちがう、唸り声のような音が大きく響いてくる。
森をぬける──
そこにあったのは、巨大な金属塊であった。
上部には、十字にくんだ金属棒があり、ゆっくり回転している。一部は透明な部品でできていて、内部でなにかが動くのが見える。目撃情報より、ずいぶんと大きい。10倍、いや100倍はあろうか──
「あれは、──」
クリムルがつぶやきかけて絶句する。想像もつかない。
「……巨人の乗り物じゃないか。」
めずらしく真剣な声で、ラードナーラがつぶやく。透明になった金属塊の壁をとおして、内部がみえる。中で動くのは、
「アカリと同じ種族か?」
ルードレキがいう。ラードナーラは首をふった。確信があるわけではないが。
ぎいと、古いちょうつがいのような音をたてて、金属塊の一部がひらいた。現れたのは、全身をおおう服をきた、ぶきみな巨人であった。
体型は、以前見たことがある巨人族に近い。といっても、身長はかなり高く、大人と子供くらいの体格差がある。顔つきはむしろゼラ族やマリス族に似ていて、前頭部には二本の角がある。
「きさまは──」
クリムルがいいかける。ラードナーラはそれを制して、
「外の世界から来た巨人か? なら、……半年前、アカリという名の巨人がこの世界に来たことを、知っているんじゃないのか?」
巨人はすこし沈黙して、金属塊のなかに目をやった。それから、もうひとりの、同じような服装をした背の低い巨人が、金属塊から出てきた。
「……言葉が通じるとは、」
低い声で、巨人がそういった。ように聞こえた。
「きみたちは、大調査団の子孫か? 百年前の──」
「なんだって?」
「われわれは、連盟の科学調査隊のものだ。きみたちのリーダーに会いたい。いや、それよりも……、半年前といったか? 他の人間がここに来たのか?」
「知っているのか!? 腕輪の力で、いろんな世界を旅していると言っていた。アカリという……、聡明で、明るい女だ」
「……残念だが、知らない。だが、その話は興味深い」
ラードナーラは目を伏せた。クリムルが、気遣わしげにかれの肩に手をおいた。ルードレキがかわりに進みでて、巨人と話をはじめる。
「……クリムル、おれは」
ラードナーラは、肩をふるわせて、小さなこえで言った。
「おれは、ばかだ。もう、会わぬでよいと思っていたのに。」
「……わかるさ。私も同じだ。」
今は、地底世界をゆるがす世紀の瞬間であろう。けれども。
おれにとっては──
「……巨人よ!」
ラードナーラは、とつぜん叫んだ。ルードレキ、それに二人の巨人が、ぎょっとした顔でこちらをむいた。
「おれを、外の世界へ連れていってくれ。たのむ。」
「……なんだ、やぶからぼうに、」
ルードレキが文句をいいかけて、口をつぐむ。
「外の世界を見せろ。それが……おれの、望みだ。」
しぼりだすような声で、巨人に近づきながら。
クリムルはその後ろで、ぎゅっと右手を握りしめて立ちつくしていた。




