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異世界八景  作者: 楠羽毛
幕間
65/206

大森林の夜明け

 大森林の時間は、アカリタケの明滅を基準とするほかの土地の時間とは、流れかたが違う。一日が少しだけ短く、だいたい24日周期で、時差が増えたり減ったりする。

 今は夕方のはずだが、大森林では、明け方というところだ。

「……ここにいると、気分がおかしくなるな。」

 騎士ルードレキは、かるく目を伏せてぼやいた。

 脳天気な同僚は、気にする様子もない。かれの先をすたすたと歩く騎士ラードナーラは、くるくると目線を高くふりまわしながら、

「いいところだろう。」

 と、つぶやく。

「そんなことより、」と口をはさんだのは、女騎士クリムル。「ちょうど森林の真ん中あたりというから、このへんだ。……ラードナーラ、きみはここには詳しいんだろう。よく来るらしいじゃないか」

「まあね。」

 生返事を返しながら、ラードナーラはすぐそばの高木に、するすると昇っていった。途中で邪魔になった剣を帯からはずして、地面に投げ捨てる。

「……どうも、あいつは騎士らしくないな」

 不満げにぼやくルードレキをとりなすように、「それが、よいところさ。」とクリムルが返す。トリオを組んでそろそろ半年。ゼラ族の寿命からすれば、ずいぶん長いこと一緒にいることになる。

 さて、するどくそびえる針葉樹の先端につっと立って、ラードナーラは空を見上げた。

 空、といっても、頭上がすべて空いているわけではない。ここは地底の大空洞。上には天井があるのがあたりまえだが、唯一、青空が見えるのがここだ。

 はるか頭上、かすんで見るほど上に、大穴。

「……なにも見えないな。」

 ゼラ族は目がよいかわりに、強い光には弱い。明けがたのぼんやりした陽光を掌で遮りながら、ラードナーラはそうつぶやいた。


 話は、こうだ。

 この大森林で木材の採集をしていた男が、奇妙なものを見かけたというのだ。

 それは、金属塊のようであった。ゼラ人の体の数倍ほどの大きさで、上部についている装置はぶれて、よく見えない。それでも、鳥や虫ではないことは、すぐにわかった。

 上空から、男の目の前まで、ゆっくりと降りてきたのである。

 近くで見ると、その金属塊には、目のようなものがあった。じじじ、と虫の羽音のような音をたてながら、真っ黒な単眼でこちらを見つめてくる。

 男は悲鳴をあげて逃げ出した。やがてその話が女王の耳に入り、3人の騎士が派遣されてきたというわけである。


 ごうと風が吹いた。

 観測をあきらめてラードナーラが降りようとしたところだった。ラードナーラは木の皮から手をはなし、空中でくるりと回って受け身をとった。その間も強風が叩きつけてくる。クリムルが悲鳴をあげて地面に這いつくばった。

 ラードナーラは地面に転がって、さらに暴風に飛ばされそうになるところを、ルードレキが腕をつかんでおしとどめる。

 風がやんだ。

「今のは、……」

「竜でもきたようだな。」

 珍しく冗談のような口調で、ルードレキがつぶやいた。

「ばかをいえ。……あっちだ。」

 クリムルが指さしたのは、広場のある方向であった。大森林の中心、採集や狩りの拠点とするために管理されている土地である。

 何度か、繰返すように、金属音がひびく。やはり、広場のほうからだ。

 ラードナーラは剣をひっつかんで走りだした。二人が後につづく。

 広場が近づくにつれ、さきほどの金属音とはちがう、唸り声のような音が大きく響いてくる。

 森をぬける──


 そこにあったのは、巨大な金属塊であった。

 上部には、十字にくんだ金属棒があり、ゆっくり回転している。一部は透明な部品でできていて、内部でなにかが動くのが見える。目撃情報より、ずいぶんと大きい。10倍、いや100倍はあろうか──

「あれは、──」

 クリムルがつぶやきかけて絶句する。想像もつかない。

「……巨人の乗り物じゃないか。」

 めずらしく真剣な声で、ラードナーラがつぶやく。透明になった金属塊の壁をとおして、内部がみえる。中で動くのは、

「アカリと同じ種族か?」

 ルードレキがいう。ラードナーラは首をふった。確信があるわけではないが。

 ぎいと、古いちょうつがいのような音をたてて、金属塊の一部がひらいた。現れたのは、全身をおおう服をきた、ぶきみな巨人であった。

 体型は、以前見たことがある巨人族に近い。といっても、身長はかなり高く、大人と子供くらいの体格差がある。顔つきはむしろゼラ族やマリス族に似ていて、前頭部には二本の角がある。

「きさまは──」

 クリムルがいいかける。ラードナーラはそれを制して、

「外の世界から来た巨人か? なら、……半年前、アカリという名の巨人がこの世界に来たことを、知っているんじゃないのか?」

 巨人はすこし沈黙して、金属塊のなかに目をやった。それから、もうひとりの、同じような服装をした背の低い巨人が、金属塊から出てきた。

「……言葉が通じるとは、」

 低い声で、巨人がそういった。ように聞こえた。

「きみたちは、大調査団の子孫か? 百年前の──」

「なんだって?」

「われわれは、連盟の科学調査隊のものだ。きみたちのリーダーに会いたい。いや、それよりも……、半年前といったか? 他の人間がここに来たのか?」

「知っているのか!? 腕輪の力で、いろんな世界を旅していると言っていた。アカリという……、聡明で、明るい女だ」

「……残念だが、知らない。だが、その話は興味深い」

 ラードナーラは目を伏せた。クリムルが、気遣わしげにかれの肩に手をおいた。ルードレキがかわりに進みでて、巨人と話をはじめる。

「……クリムル、おれは」

 ラードナーラは、肩をふるわせて、小さなこえで言った。

「おれは、ばかだ。もう、会わぬでよいと思っていたのに。」

「……わかるさ。私も同じだ。」


 今は、地底世界をゆるがす世紀の瞬間であろう。けれども。

 おれにとっては──


「……巨人よ!」

 ラードナーラは、とつぜん叫んだ。ルードレキ、それに二人の巨人が、ぎょっとした顔でこちらをむいた。

「おれを、外の世界へ連れていってくれ。たのむ。」

「……なんだ、やぶからぼうに、」

 ルードレキが文句をいいかけて、口をつぐむ。

「外の世界を見せろ。それが……おれの、望みだ。」

 しぼりだすような声で、巨人に近づきながら。


 クリムルはその後ろで、ぎゅっと右手を握りしめて立ちつくしていた。

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