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異世界八景  作者: 楠羽毛
方舟の世界
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記憶のなかの屋根裏

 そうして、その夜がついにやって来たのだ。

 

 いつもどおり、おれたちは別々に食事をとり、おれは台所をかたづけて、作業室でもうひと仕事しようと廊下に出た。すると、ケ=ナがいつになく静かな動きで廊下をこちらに向かってきて、


 ……すぐに、隠れなさい。


 と、言った。おれは意味がわからず、


 ……どこへ。


 と聞き返すと、屋根裏へ! とするどい声が帰ってきた。

 屋根裏にそんなスペースがあることを、おれははじめて知った。蜘蛛人が入れる大きさではない。天井裏をそのまま空けてあるだけのことだが、おれの部屋の柱飾りに足をかけて上がれるようになっていて、入り口の穴近くには毛布や、干し肉や瓶詰めなどの食料がかためて押し込んであった。

 おれのために、準備してあったんだ。自分のためでなく。

 わずかに押し問答したあと、おれはそこに隠れた。立ち上がれないくらいの高さだったが、這うようにしてあちこちへ行くことができた。ケ=ナの寝室の真上で、おれは息をひそめた。

 すぐに、奴らがやって来た。

 奴らが動くと、荒い呼吸音で離れたところからでもわかる。ケ=ナはそれで、来襲を早くから察知していたようだ。音から察するに、表玄関、裏口、大窓をぜんぶ固めてから、いっせいに突入して来たらしい。天井のすきまからちらりちらりと見ただけだが、奴らはほとんど裸で、全員が棍棒のような武器をもっていた。

 奴らは、乱暴に棍棒を叩きつけてものを壊したり、扉をやぶったりして……すぐに、ケ=ナの寝室にたどりついた。

 寝室は、糸でいっぱいで、床には、直近の食べのこしが、いくつか転がっていた。ケ=ナは普段おれを寝室に入れなかったのは、そのためらしかった。もちろん、猿人ではなく、ほとんどは跳ね鳥、落ちた空蟲。まれに大猫というところだが。

 それを見て、猿人たちは激昂した。

 わけのわからないことを叫び、糸をかきわけ、5人ほどで棍棒をもっていっせいにケ=ナに襲いかかった。ケ=ナは猿人のことばで何か言い返したが、おれにはわからなかった。8本の脚をふりまわして戦ったが、一本ずつ叩きつぶされ、最後に頭を滅多うちにされて、ケ=ナは動かなくなった。

 最後の瞬間、ケ=ナは天井の小さな穴のほうを見た。そのように見えた。


 おれと、目が合った。最後の瞬間、おれは彼女が死ぬのを見ていた。


 それなのに、何もしなかったのだ。



 猿人がひきあげて1日ほど経ってから、おれは最低限の荷物をまとめて屋敷を出た。ケ=ナを埋葬したかったが、とても無理だった。猿人たちにはケ=ナの財産の価値はわからないらしく、ほとんどのものはそのまま残っていた。

 近くの集落をのぞいたが、生きた蜘蛛人はひとりもいなかった。

 おれは、しばらく息をひそめて森のなかで過ごしたあと、蜘蛛人の都市へむかった。ガラマと反対側の、ネステルというところだ。森の中は危険だと思ったので、あえて身をかくさずに街道をつかった。

 途中、一度だけ、猿人の集団を見た。むこうもおれに気づいて、なにごとか叫んだ。すぐに逃げようと思ったが、足が動かなかった。が、猿人は大きくこちらに手を降って、そのまま行ってしまった。

 蜘蛛人の集落の近くではなかったので、ただのベレオ人だと思われたのだろう。

 ネステルは、まだ無事だった。それどころか、ガラマよりずっと栄えているように見えた。そこにずっと滞在することもできたが、やめた。おれはすぐに法的な手続きをすませ、ケ=ナの後継者としての権利を確保した。それから、いろいろな準備をして、おれはネステルを出た。


 ベレオに戻ってきたのは、その後のことだ。



「……いまは、もう、ネステルもそのほかの集落も無い。方舟の建造を請け負ってくれた蜘蛛人たちも、生きているのかどうかわからぬ。だから、この方舟が、おれにとっては最後の遺産なんだ。蜘蛛人たちの……」

 何杯目かのカルクダを空にして、アルバはそう締めくくった。

「おれが、自分の力でこの船を作ったのだとしたら、弟子をとるのも良いと思ったかもしれない。だが、この船も、おれが受け継いだ知識も、蜘蛛人のものだ。ケ=ナが死んだとき、それは終わったんだ。おれひとりの力では、もう一度方舟をつくることもできない。だから……」

 朱里は、なにも言わずにじっとアルバの目をみていた。

「……すこし、話しすぎたか。ベレオ人たちには、こんな話はできぬ。ビーナにもな」

「あの子、……ほんとうに、あなたの弟子になりたいと思ってるのよ」

「知っているさ。ビーナの親は、おれの知り合いだ。それとなく頼まれたこともある。……おまえも会っただろう? 服屋の主人だ」

 朱里は首をかしげて、目線をさまよわせた。少しして、思い出す。

 ベレオ人の服の着方をやさしく教えてくれた、虹色の肌の女。名前は知らない。

「……最初の雨季に、おれが相手をしてもらえなかった相手というのが、その女さ。ビーナは、そこまでは知らないようだが。だからといって、今さらどうこうというものではない。言いたいやつには言わせておくし、それだけのことだ」

「……そう。」

 なんとも言いがたい話題に、朱里はそれだけつぶやいて返した。


 なんとなく、地球の知り合いを思いうかべながら。

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