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異世界八景  作者: 楠羽毛
方舟の世界
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蜘蛛人の都市

 おれが村を出たきっかけは、ビーナに聞いたのだろう。

 あの頃は、もう二度と戻るまいと思っていた。

 生まれてはじめて村を出て、森をつっきり、大街道にでて、ガラマへ。

 ガラマは、蜘蛛人の都市だ。ここより、よほど文明が進んでいる。

 そこで、ケ=ナに出会ったんだ。


 ……これをつくったのは、あなた?


 ケ=ナは、ベレオ人の言葉で、そう話しかけてきた。

 おれは、蜘蛛人の職人のもとで、石細工の仕事をしていた。

 蜘蛛人は、おれたちよりずっと大きな体をしているが、手先はとても器用で、頭もいい。学ぶことは沢山あった。しばらくは下働きだったが、一年もしないうちに、小さな細工を任されるようになり、親方について売りにも出るようになった。

 ケ=ナは、石細工の人形をよく買ってくれる得意先だった。

 おれが作った、魚の細工が気に入ったようで、何度か買ってくれた後に、商談についていったおれに、そう声をかけたのだ。

 え? ああ、蜘蛛人のなかでも、ベレオ人の言葉を話せるものはいる。蜘蛛人は声帯が発達しているのか、たいていの言葉は習得できるらしい。逆はむりだ。おれにも、蜘蛛人どうしの会話はわからない。

 おれは、しばらくケ=ナと話した。話題は、よく覚えていない。ベレオ人の暮らしや、川の生き物について、色々と聞かれたような気がする。

 そうして、ケ=ナは会うたびに、おれの作った魚の細工を買ってくれるようになり、そのかわりに、いろいろと話をするようになった。


 ……私たちには、こういうものはつくれない。


 ケ=ナは、そう言っていた。意味は、よくわからない。蜘蛛人には細工にすぐれた者がいくらもいて、生き物をかたどった人形もたくさん流通していた。

 ただ、魚の細工はたしかにおれが工夫したもので、他にはなかったように思う。

 それからしばらくして、おれは親方のもとを出た。

 別に、もめたわけではない。石細工に飽きたのだ。まだまだ、できないことは沢山あったが、他のことがやりたくなった。親方は、またいつでも戻ってこいと言ってくれたが、その気はなかった。

 餞別にもらった金でしばらくふらふらしながら、蜘蛛人の文字や、図面の引き方を学んだ。蜘蛛人の都市には、公共の学問所があって、いくらでも本を読むことができた。

 そこで、もう一度ケ=ナに出会った。

 ケ=ナは、学問所の講師であった。建築術が専門であり、建物の設計を請け負いながら、学問所で他の蜘蛛人たちに技術を教えているらしかった。


 ……私が、教えてやろうか。


 ケ=ナは、そう言ってくれたが、蜘蛛人の言葉をまともに聞き取れないおれには、学問所の講義を受けることはむりな話だった。

 そこで、時たま、ケ=ナが個人的に講義をつけてくれることになった。

 図書室で、本を読みながらのこともあれば、実際の建物を調べたり、ケ=ナが設計した現場が動いているのを見にいくこともあった。

 おれはその合間に、他のこと──冶金や、硝子細工や、算術なんかを学んだり、臨時で職人として働いたりして過ごしていた。蜘蛛人の文明には、学ぶことはいくらでもあった。

 やがて、また一年ほどが過ぎて、ケ=ナのほうに変化があった。

 学問所の仕事を、辞めることになったのだという。

 理由は、詳しくは知らぬ。ただ、なにか政治的なことだというふうに聞いた。

 ケ=ナは、引退して街を出るといった。それなりの年数、学問所で勤め、設計の職にもついていたので、金はたくさんあった。しばらくは、別宅で何もせずに過ごすという。

 そこで、一緒に暮らさないか、といわれた。

 おれは、すこし悩んだが、ついていくことにした。

 街にも未練はあったが、やはり、話し言葉の通じぬなかで過ごすのは大変だったし、ケ=ナのそばで学ぶべきことは、まだまだたくさんあるように思われた。

 そうして、おれは、ケ=ナと一緒に暮らしはじめた。



「……ケ=ナは、どんな人だったの?」

 朱里は、ボンヤリと蜘蛛人の姿を想像しながら聞いた。話の流れから、なんとなく知的な美女を思い浮かべてしまうが、蜘蛛である。

「さァ、……蜘蛛は知っているか。その中でも、毛が多く、頭の大きな種に似ている。大きさは、この部屋が埋まるほど。脚は4対、前肢が特に器用で、その先は細く、自在に曲がる指のようになっている。眼が4つ。表情は、おれたちにはわからない。蜘蛛人というのは、そんなところだ。」

「ふうん……。それで、ケ=ナは?」

「そうだな……蜘蛛人にしては小柄で、眼は小さい。それから、……前肢は細くて……、」

 そこまで喋ってから、アルバはまちがいに気づいたらしく、少し黙ってから、

「……やさしい、聡明な人だったよ。」

 と、言った。

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