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異世界八景  作者: 楠羽毛
方舟の世界
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夜の遊戯室

「……ベレオ人の雨季は、恋の季節なんです」

 突然、ビーナがそうつぶやいたので、朱里は目をむいた。

「はあ?」

「意味、わかります? 男と女が──」

「いや、言葉の意味はわかるけど……、」

 朱里はちょっと力が抜けて、壁に背をつけて座りこんだ。

「急に俗っぽい話になった気がして、ちょっと。」

「……水中形態になるということは、そういうことでもあるんです。大人の場合は。」

 ビーナも同じように座って、少しうつむくようにドアのほうをむいた。

「あなたは?」

「ぼくは、今年から大人です。12歳なので。」

「じゃあ──」

「……アルバは、12歳のとき、うまくいかなかったそうですね。」

「うまくいかなかったって、その、つまり……、」

「相手を見つけるのが。拒絶されて、そのあとずっと、一人でいたって。雨季のあいだ、ずっと。」

「それ、……本人から聞いたの?」

「まさか。でもみんな言ってます」

「……へえ。」

「それで、雨季が終わってすぐ、アルバは村を出たんです。戻ってきたのはずっとあとで、すぐに方舟の建造にかかったそうです。だから……、」

 ビーナはそっと囁くように、得意げにいった。

「……あのひとは、人が怖いんだと思います。」


 本当にそうだろうか、と朱里はおもった。



 許さなければ、と思ってはいたが、まだ足が止まらなかった。

 よりにもよって、


 天井裏に。



 夜──


 ビーナには、なしくずしに空き部屋が与えられた。アルバは何も言わなかったが、ともかくも、居場所はできてしまった。

 朱里が夕食を運んで、遊戯室に戻ると、作業室にいたはずのアルバが椅子に座っていた。

「……様子はどうだ。」

 ビーナのことを言っているのだと判るまで、少し時間がかかった。

「元気、元気。諦める気はゼロ。弟子にしちゃったら?」

 軽口でごまかしながら、むかいに座る。アルバの前には、陶の瓶とグラスが1つづつ。

 言下に否定するかと思ったが、そうでもないようだ。

 アルバは立ちあがって、

「……飲むか?」といった。

「それ、なあに?」

「カルクダという飲み物だ。ふつうベレオ人は飲まないが、悪くない」

「ふうん……。」

 甘い、するどい香りがする。毒でもあるまいと覚悟をきめて、

「もらうわ。」

 新しいグラスを受け取る。少し、口にふくんで、飲み下す。

「……ほんとうに、甘い。」

「これの元になる果実はベレオでも穫れるが、加工に時間がかかる。雨季をまたいでしまうから、ここでは作れなかった。……方舟ができるまではな。」

「ふうん……。」

 顔が火照っていないかと、頬を触ってみる。特に熱くはない。酒ではないようだ。

「……少し、昔の話をしてやろう。」

 くい、とカルクダをもう一口あおって、アルバは話しはじめた。

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