夜の遊戯室
「……ベレオ人の雨季は、恋の季節なんです」
突然、ビーナがそうつぶやいたので、朱里は目をむいた。
「はあ?」
「意味、わかります? 男と女が──」
「いや、言葉の意味はわかるけど……、」
朱里はちょっと力が抜けて、壁に背をつけて座りこんだ。
「急に俗っぽい話になった気がして、ちょっと。」
「……水中形態になるということは、そういうことでもあるんです。大人の場合は。」
ビーナも同じように座って、少しうつむくようにドアのほうをむいた。
「あなたは?」
「ぼくは、今年から大人です。12歳なので。」
「じゃあ──」
「……アルバは、12歳のとき、うまくいかなかったそうですね。」
「うまくいかなかったって、その、つまり……、」
「相手を見つけるのが。拒絶されて、そのあとずっと、一人でいたって。雨季のあいだ、ずっと。」
「それ、……本人から聞いたの?」
「まさか。でもみんな言ってます」
「……へえ。」
「それで、雨季が終わってすぐ、アルバは村を出たんです。戻ってきたのはずっとあとで、すぐに方舟の建造にかかったそうです。だから……、」
ビーナはそっと囁くように、得意げにいった。
「……あのひとは、人が怖いんだと思います。」
本当にそうだろうか、と朱里はおもった。
*
許さなければ、と思ってはいたが、まだ足が止まらなかった。
よりにもよって、
天井裏に。
*
夜──
ビーナには、なしくずしに空き部屋が与えられた。アルバは何も言わなかったが、ともかくも、居場所はできてしまった。
朱里が夕食を運んで、遊戯室に戻ると、作業室にいたはずのアルバが椅子に座っていた。
「……様子はどうだ。」
ビーナのことを言っているのだと判るまで、少し時間がかかった。
「元気、元気。諦める気はゼロ。弟子にしちゃったら?」
軽口でごまかしながら、むかいに座る。アルバの前には、陶の瓶とグラスが1つづつ。
言下に否定するかと思ったが、そうでもないようだ。
アルバは立ちあがって、
「……飲むか?」といった。
「それ、なあに?」
「カルクダという飲み物だ。ふつうベレオ人は飲まないが、悪くない」
「ふうん……。」
甘い、するどい香りがする。毒でもあるまいと覚悟をきめて、
「もらうわ。」
新しいグラスを受け取る。少し、口にふくんで、飲み下す。
「……ほんとうに、甘い。」
「これの元になる果実はベレオでも穫れるが、加工に時間がかかる。雨季をまたいでしまうから、ここでは作れなかった。……方舟ができるまではな。」
「ふうん……。」
顔が火照っていないかと、頬を触ってみる。特に熱くはない。酒ではないようだ。
「……少し、昔の話をしてやろう。」
くい、とカルクダをもう一口あおって、アルバは話しはじめた。




