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異世界八景  作者: 楠羽毛
方舟の世界
56/206

盤上

 ビーナは、暗いすきまに潜り込んで、じいっと隠れていた。



 ポルクには、19のマスに区切られた円形の盤を使う。

 円の中心に、ひとつ。その周囲に、円周状に6つのマス。それからさらに外側で、12マスに区切る。時計みたいだと、朱里は思う。1時のマス、2時のマス、3時のマス。

 中心のマスを円心と呼び、その外側の円周を、内の円、外の円と呼ぶ。

 外の円の2箇所、むかいあう2つのマスが、赤く塗られている。元室と呼ぶ。

 たがいに3つのコマを持ち、動かして、相手の元室を先に奪ったものが勝ち。そういうゲームだ。

「──じゃあさ、」

 朱里は、自分の元室にあった、四足の動物のようなコマを盤からおろして、かわりに羽のはえた柱のようなコマを持ってきた。『変身』である。

「こうやって、『猫』を『鳥』にするでしょ」

 猫は、相手のコマを排除して進むことができるが、一歩ずつしか動けない。鳥は、相手のコマを落とせないかわり、2マス動いたり、コマを飛び越して進むことができる。

 つまり、自分の元室から、次のターンに円心、妨害がなければその次に相手の元室を直接奪うことができるのだ。

「ふむ」

「で、『蜘蛛』をその前に」

 言いながら、内の円にいたもうひとつのコマを移動させて、『鳥』の前に置く。

「で、こっちの『猫』はそのままで、ラウンド終了」

「よいのか?」

 アルバは、自分の『鳥』を『蜘蛛』にかえて、

「これで円心には入れぬぞ」

「え、そうなの?」

「入ってもよいが、落とされるだけだな。……『蜘蛛』は、円心に向けて直線上に糸を飛ばすと言ったろう」

「えー、反対側にいる相手にだけ当たるのかと思ってた。……じゃあ、蜘蛛がどこにいても円心には攻撃が届くってこと?」

「そう。だから、相手の虚をつかねば通れない。そういうゲームなんだ」

「……うーん……」

「戻してもかまわんぞ」

「いい、続ける」

「それじゃ、」

 アルバはもう一体の『鳥』を、内の円の右回りに2マス進めて朱里の側に近づけた。もう1体の『猫』は、自分の元室の前を守るようにしたまま、ラウンドを終える。

「お前の番だ」

「よっし。……それじゃ、」

 朱里は、内の円にいた自分の『猫』を、円心に動かした。

「ほう? 蜘蛛の攻撃が届くと言ったはずだが」

「それはあなたの手番になってからでしょ。ホラ」

 朱里は得意げに盤面を指した。元室にある朱里の『鳥』、その前に『蜘蛛』、『猫』、アルバの『猫』と、一直線に並ぶかたちになっている。

「こうやってコマが並んでれば、『鳥』はいくつでも飛び越せるんでしょ。わたしの勝ち!」

 ぽんと、ひととびに『鳥』をアルバの元室に置いて、朱里はさけぶ。

「よく気づいたな」

「なあんだ、知ってたの」

「普通なら、こうやって元室をがらあきにしたりしないもんだ。今のは教えただけだ」

「ふうん。なら、もう一戦ね」

 盤上にあったコマを降ろして、もう一度並べる。元室と、その両隣に猫。これが初期配置である。

「……『蜘蛛』や『猫』ねやられて落ちたコマは、その後どうなるの?」

「次の自分の手番の最初に、元室で復帰する。元室が空いてなければ、もう1ラウンド待つことになる」

「ふーん。じゃ、元室を狙える位置に蜘蛛を置いとけば、」

「復帰したラウンドから移動できるから、避けられて終わりだな。もっとも、元室を空けさせる意味はある。それも戦術だ。さっきはそれを狙おうとしたんじゃないのか?」

「まあ、ね」

 初心者の朱里が先手である。一足飛びに蜘蛛は作れないから、元室の猫をまず鳥に。残りの2体は、外円から内円に移動させて終わり。

 続いてアルバの番。元室とその右側にいる駒を鳥にして、もう1体を動かす。

「……ね、蜘蛛人の話は?」

「ああ、」

 アルバは駒を動かす手をとめて、

「話のきっかけのつもりが、長くなってしまったな。……蜘蛛人のケ=ナ。このゲームは、彼女に教えてもらったんだ」

「女性なの?」

「ああ。……異種族だぞ。たしかに、長いあいだ同居していたが。」

「そうね。……ねえ、これ見てよ」

 朱里は左手をあげて、木の指輪をアルバに見せた。

「立派な工芸品だな。」

「もう!……これ、異種族の男性にもらったの。」

「恋人、か?」

「まあ、……そういうことになるかな」

「ふむ……、」

 アルバは猫を内の円に入れて、

「おまえの手番だ。」

「ん。」

 ぽんぽん、と朱里が駒をつついて悩むあいだに、

「そういうのではないが、たしかに彼女は素晴らしい人だった。技術者としても、ひととしても。ただ……」

「ただ?」

「……食事の方法は、ちょっと慣れなかったな。向こうも気を遣って、見せないようにしてくれていたが。」

 蜘蛛の食事をちょっと想像して、朱里は首をぶるぶると振った。

「……どのくらい、その人と一緒にいたの?」

「10年くらいかな。蜘蛛人の寿命からすれば、たいした時間じゃない。それに、彼女の知識を受け継ぐにも、ぜんぜん足りない時間だ。後半の数年は、おれは方舟の設計にかかりっきりだったし……、」

「どうしてその人のところを出たの? 聞いてよければ。」

 方舟の話が出たので、朱里はそう聞いてみた。洪水のことが聞ければ、と思った。

 けれども、返ってきた答えは、予想外のものだった。

「ケ=ナが死んだから。……いや、殺されたからさ」

 それきり、会話はとぎれてしまった。



「……ねえ、もし、あなたの知らない誰かが、この船に乗っていたら?」

 夕食どき、やっとタイミングを見つけて、朱里はそう聞いた。

「……叩き出すさ」

 答えは、その一言だった。

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