不審な部屋
「……今日、この部屋に入ったか?」
アルバが、半開きになったドアを指して、そう言った。
「え?」
朱里は、かかえていた木箱をおろして、ふりむいた。
ドアに書かれている文字に目をやる。アルファベットをいくつも重ねたような、ベレオ人の文字である。むろん、読めない。
「……入ったことないよ。どうして?」
「見てみろ。」
いわれて、部屋をのぞきこむ。
狭い通路の両側に、木製の大きな棚が並べられて、木箱がずらり。奥には、蓋をした箱が乱雑に重ねられて、山のように。
「……あれが、どうかしたの?」
「棚から箱を出したのは、お前か?」
「知らないってば。」
「ふむ……。」
アルバはしばらく黙りこんでから、「まあ、よいか。」といって、扉を閉めた。
「あと、いくつある?」
「この箱いれて、3つ。すぐおわるよ」
「助かる。……そろそろ、昼にしよう。用意する」
そういって、居住スペースのある上層へむかう階段へと、歩いていく。
朱里は、腰に手をあてて、隣に浮かんでいるカセイジンにささやいた。
「……どう、思う?」
「どうって……」
「誰か、いるのかな。やっぱり」
「それ、……アルバに言えば?」
「やだ!」
首を振る。
どういう事情にせよ、密告はしたくない。
自分がいなくなった後、どうなるにせよ。今は。
*
「……どうだ?」
昼食後、しばらくして。
「……わぁ、」
作業室にひっこんでいたアルバが、遊戯室に戻ってきた。眼鏡の調整が終わったらしい。
「ぴったり。ありがとう」
「度は?」
「いいと思う。しばらくかけてみるわ」
とは言うものの、ここのところずっと裸眼だったので、まだ少し慣れない。フレームのはしに手をあてたまま、立ち上がってみる。少しだけ、くらっと。でも、朝のレンズとはぜんぜん違う。
「ああ、そうしてくれ」
「……このレンズ、いま手作業で作ったの?」
「まさか。」
アルバは立ちあがって、部屋のはしにむけて歩きだした。なんだろう、と思って目を向けたとたん、めまいがして朱里は椅子に腰を下ろした。もう少しすれば慣れるだろうか。
「昔、たくさん作ったのをとってあったのさ。おれの眼鏡の、まあ、試作だな。時間がたてば度もかわるから、いろいろ数を揃えてあったんだが」
「へえ……、」
「師匠のところにいた頃のことだ。今も設備はあるから、作れないこともないが。方舟が動いてる間は、硝子細工はむりだな。揺れるから」
「……そうなんだ。」
言い回しに少しひっかかるものはあったが、それよりも前半が気になった。
「師匠って、……どんな人?」
「ああ、……」
棚のなかをがちゃがちゃやっていた手をとめて、
「師匠は、蜘蛛人だ。ケ=ナという」
「蜘蛛人……そういうのが、いるの?」
「知らんのか。……まあ、それはそうか。」
棚から、小さな木箱と円形の板をひとつ、ようやく見つけだして、アルバは朱里のほうに向きなおった。
「荷物の整理も大体終わったことだし、今日はゆっくりしよう。色々と、話したいこともある。」
かわらず、表情のない顔で。
いや、笑っている、のかもしれない。朱里にはわからない。




