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異世界八景  作者: 楠羽毛
地底の世界
43/206

伝説の怪物

 竜の巣──


 国境通路の脇にあり、その存在だけは誰もが知っているが、立ち入るものはまずいない。

 ひそやかな噂話と、現実にただよってくる熱気。

 噂話のなかでは、竜はこの大空洞におさまらぬほど大きく、蝙蝠のように宙を舞い、日に千人の人を喰うという。


「日に千人はウソでしょ?」

 朱里はぼそりとそう言った。クリムルは苦笑して、「尾鰭がつくものですよ。」といった。


 さて、竜の巣の入り口は、すぐそこにあった。

 朱里とラードナーラが、通りすぎたばかりの岩かげ。通路からはちょうど見えないところに、脇道があった。朱里が四つん這いになれば、なんとか通れるくらいの大きさである。

「……私たちがここに入りかけたところで、あなたたちが通りかかったのですよ」

 クリムルはそう説明した。


 熱気──


 近づくにつれ、湿度の高い空気が、ぞわりと這い寄って来る。眼鏡があったらすぐに曇っていただろう。汗と水蒸気で服がべとつく。

「……この通路、竜は通れないんじゃないの」

「だから、竜は誰も見たことがないのです。自ら竜の巣へ行かないかぎりは。」

 そんな会話をしながら、十五分ほども進んだか。

 やがて、通路が大きくひらける。


 大きな空間。どのくらい広いのか、よくわからない。


 煙のようなものが、あたりを覆っている。アカリタケのほのかな光といりまじって、輝く霧のようにみえる。視界は、きわめて悪い。

 音はない。ちいさな、波音のようなものがわずかに響くだけ。

 暑い。

 少し離れたところに、紅い、水面のようなものがうっすらと見える。

「……あれは、溶岩の泉。そう言われています」

 竜に気づかれぬようにか声をひそめて、クリムルが。

「あれが、……」

 朱里は首をかしげた。姿勢を低くして目をこらすが、やはりよく見えない。

 ともかく、暑い。服がべとべとしている。

「……竜に気づかれる前に、作戦をたてましょう。」

 本当に、竜がいるのだろうか。

 朱里は、せのびをして遠くをのぞきこんだ。

 溶岩の泉のむこうに、何かあるような気がする。大きな岩か、それとも。


 竜のかげ、のようにも見えるが──


「……もう少し近づかないと、何もわからないなぁ」

「あそこに登ったらどうだ。」

 ラードナーラにいわれて、朱里は左側をみた。

 溶岩の泉に向かって、陸地が大きくせりだして、ちょっとした崖のようになっている。

 たしかに、あの先端までいけば、対岸あたりまで見渡せるかもしれない。

「そうね……、」


 そのとき、背後からおおぜいの足音。

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