伝説の怪物
竜の巣──
国境通路の脇にあり、その存在だけは誰もが知っているが、立ち入るものはまずいない。
ひそやかな噂話と、現実にただよってくる熱気。
噂話のなかでは、竜はこの大空洞におさまらぬほど大きく、蝙蝠のように宙を舞い、日に千人の人を喰うという。
「日に千人はウソでしょ?」
朱里はぼそりとそう言った。クリムルは苦笑して、「尾鰭がつくものですよ。」といった。
さて、竜の巣の入り口は、すぐそこにあった。
朱里とラードナーラが、通りすぎたばかりの岩かげ。通路からはちょうど見えないところに、脇道があった。朱里が四つん這いになれば、なんとか通れるくらいの大きさである。
「……私たちがここに入りかけたところで、あなたたちが通りかかったのですよ」
クリムルはそう説明した。
熱気──
近づくにつれ、湿度の高い空気が、ぞわりと這い寄って来る。眼鏡があったらすぐに曇っていただろう。汗と水蒸気で服がべとつく。
「……この通路、竜は通れないんじゃないの」
「だから、竜は誰も見たことがないのです。自ら竜の巣へ行かないかぎりは。」
そんな会話をしながら、十五分ほども進んだか。
やがて、通路が大きくひらける。
大きな空間。どのくらい広いのか、よくわからない。
煙のようなものが、あたりを覆っている。アカリタケのほのかな光といりまじって、輝く霧のようにみえる。視界は、きわめて悪い。
音はない。ちいさな、波音のようなものがわずかに響くだけ。
暑い。
少し離れたところに、紅い、水面のようなものがうっすらと見える。
「……あれは、溶岩の泉。そう言われています」
竜に気づかれぬようにか声をひそめて、クリムルが。
「あれが、……」
朱里は首をかしげた。姿勢を低くして目をこらすが、やはりよく見えない。
ともかく、暑い。服がべとべとしている。
「……竜に気づかれる前に、作戦をたてましょう。」
本当に、竜がいるのだろうか。
朱里は、せのびをして遠くをのぞきこんだ。
溶岩の泉のむこうに、何かあるような気がする。大きな岩か、それとも。
竜のかげ、のようにも見えるが──
「……もう少し近づかないと、何もわからないなぁ」
「あそこに登ったらどうだ。」
ラードナーラにいわれて、朱里は左側をみた。
溶岩の泉に向かって、陸地が大きくせりだして、ちょっとした崖のようになっている。
たしかに、あの先端までいけば、対岸あたりまで見渡せるかもしれない。
「そうね……、」
そのとき、背後からおおぜいの足音。




