古代種族
「……ここでは、過ごしにくいでしょう。」
族長にそういわれて、朱里はすこし考えた。
ここは、湖のほとり。マモー族の男たちが、朱里の前に食事をならべてくれているところである。
献立は、祭り用の炉で魚を焼いたものと、食用のきのこ。大きな板の上に盛り付けられ、箸も用意されている。
魚は、クズリヌシというらしい。体表はまっしろで、形はサケかマスのようだ。目はない。湖で獲ったものであるが、族長の体よりもずっと大きい。
普段からあるわけではない。年に数回、村のもの総出で網をかける習慣だそうだが、今は朱里のために連日漁にでているのだ。
「ううん、……そうね、見えないのはすこし難儀かな」
朱里は、そう答えた。
肌寒くて湿気があるのは、まあ慣れればなんということはない。ずっと屋外にいなくてはならないのは変な気分だが、ここでは雨も風もない。マモー族があつらえてくれた布をまとっていれば、まあまあ快適だ。
それよりも、この世界は、すこし暗すぎる。それに、眼鏡を前の世界においてきてしまった。
「ここからは少し遠いですが、大森林というところがあります。そこからは、太陽が見えるそうですよ」
気づかわしげに、族長がそういう。
「太陽が!?」
太陽という言葉があることに、少しおどろく。
「我々はここから出るわけにはいきませんが、道は知っています。お教えしましょうか?」
「そうね……いや、やめとくわ。」
朱里は首をふった。
どうせ、一週間で出ていくのだ。のんびりしていれば、よい。そう思っていた。
「準備ができましたァ!」
ようやく、箸をならべおえて、男たちのひとりが叫ぶ。
そのあいだに、女たちはマモー族自身の膳を用意している。朱里のまわりを、ぐるりと囲むように。すべて整ったのを確認して、族長はナリーに目で促した。
ナリーは、朱里の正面にすすみでて、大きな声で叫んだ。
「静粛に! 静粛に!」
さあっと、おしゃべりしていた女たちは口をつぐみ、男たちも騒ぐのをやめ、めいめいに自分の席につく。
「皆さま、今日も、湖のめぐみに、古き巨人たちの憩いに、そして、新しき巨人がひとときにせよ我らがうちで健やかに過ごされることに、──感謝を。」
ゆっくりと、呪文をとなえるように。
神妙にそれを聴くみなの視線は、朱里の顔と、それから、湖のほうにも注がれていた。
湖岸の、うちよせる小さなさざめきのはしに、大きな頭骨がひとつ。
朱里の知る人間の形ではない。むろんマモー族のものでもない。大きな牙があり、鼻のあたりは前につきだしている。地球の言葉でいえば、イヌ科かネコ科の獣のようでもある。
これが、かれらのいう、古の巨人の姿であるらしい。
湖の底には、もっとたくさんの骨があり、そのなかには朱里に似た姿のものもあるという。
「……いただきます。」
ここだけは朱里も一緒に、唱和する。
食事をはじめるまえに、朱里はふと、天を見上げた。あいかわらず、頭上は暗い。アカリタケは、天地逆さまには生えないからである。
上にあるのは、空ではなく土の天井。
ここは、地底の世界なのである。




