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異世界八景  作者: 楠羽毛
地底の世界
33/206

転移する少女

 さて──


 時間を、少しさかのぼる。

 向田朱里が、はじめてこの世界にやってきたところ。

 仰向けにたおれたまま、ぱちんと目をあけると、あたりはうすくらやみ。

 いや、

(……蛍?)

 そう、つぶやく。緑色のうすい光が、あたりをつつんでいる。転移の残光が目にやきついているのかと思ったが、そうではないようだ。

 身をおこし、眼鏡をさがす。二重まぶたをぱちぱち動かして、気づく。眼鏡がない。ただでさえきつい目つきをさらに険しくして、あたりを見回す。天然パーマのかかった髪を右手でかきまわす。ズ・ルの屋敷からついてきた砂のかけらが落ちる。

 着替えがおわっていてよかった。そう、思う。ゆっくり、身のまわりをたしかめる。肉に埋め込むように固定された、右手の白い腕輪。パ・ルリがつくってくれた、袖のないワンピースタイプの部屋着と、帯のようにぐるりと巻いた飾り鎖。下着は、デイジーベルでもらったものをまだ身につけている。足元は裸足で、つめたい土の感触がじかに伝わる。

 寒い。

 砂漠の国では程よかった服装だが、ここでは寒すぎる。それに、暗い。

 ここは、どういう場所なのか。

 

 背後から、ぴちょんと、水音。

 

 朱里は、立ち上がってそちらをみた。ぼやける視界に舌うちをしながら、ひざまずいて顔を近づける。水面。池か、湖か。

 うす緑の光が、湖面にあたってはねかえる。

 顔がうつる。どことなく輪郭が角ばっていて、可愛くない。目つきは鋭く、鼻は低い。唇だけが、やけに紅い。

 とつぜん美人になっているなんて、期待していたわけではないが──

(……ちょっとくらいサービスしてくれても、いいんじゃないの)

 誰にともなく、つぶやく。こんな目にあっているのに。

「せめて、背が高くなるとか、もうちょっと大人っぽい体型になるとかさあ──」

「きみ、まだ14歳だろ」

 肩のところで、声。

 朱里はおどろきもせず、かるく視線をむけた。くちばしの長い、四本脚のタコのような生物が、中に浮いている。

 宇宙船デイジーベルの技術でつくられたホログラム。朱里は、カセイジンと呼んでいる。

「だって、そうでしょう。一週間ごとに違う世界に飛ばされるとか、無茶苦茶な話じゃない。そんくらいの役得があってもいいと思わない?」

「ちょっと、言ってる意味がよくわからないけど」

「転移のときの不具合でちょっと変わっちゃいましたとか、そういうのでいいんだけど」

 言ってから、朱里は顔をしかめて口をつぐんだ。滑っている。

「……で、今回で何回目だっけ?」

「まだ2回目だよ。地球に着くまでには、あと6回ほど転移しないと」

「あと40日以上かかんの? マジかよ」

 地球に着いたところで、また別の問題もあるのだが──

 ともかく、今は目の前のことだ。

 朱里は、あたりをもう一度見回した。薄暗い、湿った世界。夜なのかもしれない。星あかりにしても、うす緑の光というのは妙だ。

 光源はどこなのか──

「……あ、の、」

 どことなく不自然なイントネーションで、背後から、小さな声。

 ふりむく。声のもとをさがす。

「あ、な、た、は、……きょじん、です、か?」

 やけに高い声。翻訳機の不具合かもしれない。


 ほどなく、声の主は見つかった。

 光源も。


 それは、奇妙な樹の下にいた。

 朱里の身長より少し高い、細長い樹。葉も枝もない。てっぺんで大きく広がって、平らな円い板のようになっている。その円盤のようなところから、うす翠の光がふんわりと広がって、それを照らしていた。

 いや、樹というよりは──

「……きのこ、」

 朱里は小さくつぶやいた。よく見ると、大きさままちまちだが、そこかしこに同じようなきのこが生えている。巨大な、光るきのこの森。

 その、傘の下に、小さなけものが立っている。

 ぼんやりしてよく見えないが、後ろ足で直立しているようだ。

「……わたしは、マモー族のナリー。あの、」

 翻訳機が調整をおえたのか、だんだん自然な口調になって来る。かなりかん高い、女性の声にきこえる。

 朱里は身をかがめて、ナリーと名乗ったものにぐっと顔を近づけた。

 もぐら、のように見えた。

 手のひらにのるほどの大きさの、直立するもぐらである。手足は、朱里の知っているもぐらより少し長いように見える。毛の色は茶色、のように見えるが、薄暗いうえに光源が緑なのでよくわからない。

 灰色の、ゆかたのような構造の服を身につけている。が、覆っているのは上半身だけで、下半身は裸だ。

 目はほとんど開いていないようだ。鼻は高く、全体的に丸っこい顔つきをしている。

 けもの、いやマモー族のナリーは、びくんと震えて鼻をひくつかせた。

「あ、……あの、族長に!」

 かん高く叫んで、あとずさり、よつんばいになって走りだす。

 そのまま、きのこの傘の下からでて、どこかへいってしまった。

 朱里は、カセイジンと顔をみあわせて、ぼんやりとたちつくした。



 ふと、空を見上げて、朱里は気づいてしまった。

 そして、二日後──


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