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異世界八景  作者: 楠羽毛
地底の世界
32/206

巨人

 そうして、二人はもう会うことはありませんでした。

 けれども、残されたほうは、いつまでも相手のことをおもいつづけるのでした。


(花の王女と三騎士物語より)



 山道、である。

 街道をはずれて、尾根をまっすぐに突っきることにしたのだ。

 アカリタケは、ほとんど生えていない。街道で掴み取ってきた傘のくずも、そろそろ光が薄くなってきている。

 いかにゼラ族の目がよいとはいえ、まったく灯がなくては歩けない。山頂のあたりに、昔整備されたアカリタケの群落があるらしく、かすかな光が見える。それを、目指している。

 身軽さには自信がある。が、山歩きに慣れているわけではない。

 親指が、石をふむ。

 ふと、踵の下に空間があるのに気づく。


 ──あっと叫びそうになって、こらえる。


 崖だ。

 暗いので、どのくらい深いのかはわからない。

 やってきた道をふりかえる。といって、戻るつもりはない。

 いつのまにか、斜面が急になってきている。ここから先は、這い登るしかないようだ。

 残ったアカリタケのくずを手袋にすりつけて、両手をつく。

 ゆくしかない。

 ここを越えれば、討伐隊に先んじることができる。

 先んじてどうするのかは、知らない。

 巨人を、倒すのか。倒せるのか。

 わからない。


 ただ、為さねばならぬという思いだけが有る。


 ようやく、頂上についた時には、全身が疲れきっていた。

 肩で息をつきながら、少し、姫のことを考える。

 パレードの日、遠目で見たきりである。

 美しい、と思った。

 いや。


 ほんとうは、顔など見えなかった。

 人々が、美しいと言っているのを聞いただけだ。


(──けれども、おれは、あのとき確かに運命を、)


 口のなかでつぶやいて、そこで止まる。

 ならば、おれはここで何をしているのか。

 巨人などに、構っている暇はないのではないか。

 けっきょく、おれは──


 考えているうちに、呼吸が整っている。

 腰の剣をたしかめる。ともかく、ゆくしかない。


 頭を使うのは、それからだ。


 山頂から、下をみる。

 街道の灯が、曲がりくねって山のまわりをまわりこんでいる。討伐隊の姿はみえない。

 直下に、湖。

 マモー族が管理する巨大湖だ。湖のまわりには、ここにしか生えない巨大種のアカリタケが群生している。おかげで、水面の波うつところがぼんやりと見える。

 じっと目をこらす。

 アカリタケの林のなかに、なにかが見える。

 いや。

 なにか、どころではない。


 大きすぎて、一瞬、認識できなかった。


 アカリタケの間に、巨大な、異形の影。

 すわっているようだ。

 巨人、というが、人にはみえない。ゼラ族ともマリス族とも、マモー族ともちがう。手足の数やシルエットは似ているが。

 ボロ布のようなものを、全身に巻きつけるようにして身につけている。手足も顔もつるつるで、頭部にだけ長い毛が生えているようだ。あぐらをかいて、かるく首を振っている。

 立てば、山を越えるほどの大きさか。

 後ろすがたでよくわからないが、のどが動いているようにみえる。

(まさか、)

 耳をすます。

 なにか話しているのか。

 目をこらす。巨大種のアカリタケの傘のうえに、誰かいるようだ。

 マモー族か。

「……だいじょうぶよ、」

 女のような言葉づかいで、とおく地下深くから響いてくるような低い声で。

「いざとなったら、踏むから。ね。」

 どういう意味だ、といぶかったとき、


 足元で、からからからん、と音がした。


 しまった、と思う間もなく、大きめの石が、岩盤にあたりながらころげ落ちていく。

 巨人の喉が、動きをとめた。そう、見えた。

 ゆっくり、こちらをふりむく──こんな距離で、気づくものか? 偶然かも、


 そう、思った瞬間、いやその一瞬前に、ラードナーラは走りだしていた。

 まっすぐ、前へ。

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