巨人
そうして、二人はもう会うことはありませんでした。
けれども、残されたほうは、いつまでも相手のことをおもいつづけるのでした。
(花の王女と三騎士物語より)
*
山道、である。
街道をはずれて、尾根をまっすぐに突っきることにしたのだ。
アカリタケは、ほとんど生えていない。街道で掴み取ってきた傘のくずも、そろそろ光が薄くなってきている。
いかにゼラ族の目がよいとはいえ、まったく灯がなくては歩けない。山頂のあたりに、昔整備されたアカリタケの群落があるらしく、かすかな光が見える。それを、目指している。
身軽さには自信がある。が、山歩きに慣れているわけではない。
親指が、石をふむ。
ふと、踵の下に空間があるのに気づく。
──あっと叫びそうになって、こらえる。
崖だ。
暗いので、どのくらい深いのかはわからない。
やってきた道をふりかえる。といって、戻るつもりはない。
いつのまにか、斜面が急になってきている。ここから先は、這い登るしかないようだ。
残ったアカリタケのくずを手袋にすりつけて、両手をつく。
ゆくしかない。
ここを越えれば、討伐隊に先んじることができる。
先んじてどうするのかは、知らない。
巨人を、倒すのか。倒せるのか。
わからない。
ただ、為さねばならぬという思いだけが有る。
ようやく、頂上についた時には、全身が疲れきっていた。
肩で息をつきながら、少し、姫のことを考える。
パレードの日、遠目で見たきりである。
美しい、と思った。
いや。
ほんとうは、顔など見えなかった。
人々が、美しいと言っているのを聞いただけだ。
(──けれども、おれは、あのとき確かに運命を、)
口のなかでつぶやいて、そこで止まる。
ならば、おれはここで何をしているのか。
巨人などに、構っている暇はないのではないか。
けっきょく、おれは──
考えているうちに、呼吸が整っている。
腰の剣をたしかめる。ともかく、ゆくしかない。
頭を使うのは、それからだ。
山頂から、下をみる。
街道の灯が、曲がりくねって山のまわりをまわりこんでいる。討伐隊の姿はみえない。
直下に、湖。
マモー族が管理する巨大湖だ。湖のまわりには、ここにしか生えない巨大種のアカリタケが群生している。おかげで、水面の波うつところがぼんやりと見える。
じっと目をこらす。
アカリタケの林のなかに、なにかが見える。
いや。
なにか、どころではない。
大きすぎて、一瞬、認識できなかった。
アカリタケの間に、巨大な、異形の影。
すわっているようだ。
巨人、というが、人にはみえない。ゼラ族ともマリス族とも、マモー族ともちがう。手足の数やシルエットは似ているが。
ボロ布のようなものを、全身に巻きつけるようにして身につけている。手足も顔もつるつるで、頭部にだけ長い毛が生えているようだ。あぐらをかいて、かるく首を振っている。
立てば、山を越えるほどの大きさか。
後ろすがたでよくわからないが、のどが動いているようにみえる。
(まさか、)
耳をすます。
なにか話しているのか。
目をこらす。巨大種のアカリタケの傘のうえに、誰かいるようだ。
マモー族か。
「……だいじょうぶよ、」
女のような言葉づかいで、とおく地下深くから響いてくるような低い声で。
「いざとなったら、踏むから。ね。」
どういう意味だ、といぶかったとき、
足元で、からからからん、と音がした。
しまった、と思う間もなく、大きめの石が、岩盤にあたりながらころげ落ちていく。
巨人の喉が、動きをとめた。そう、見えた。
ゆっくり、こちらをふりむく──こんな距離で、気づくものか? 偶然かも、
そう、思った瞬間、いやその一瞬前に、ラードナーラは走りだしていた。
まっすぐ、前へ。




