青年剣士
(前章までのあらすじ)未来人の陰謀により、一週間ごとに違う異世界へワープすることになってしまった女子中学生、向田朱里。監視役の人工生命体「カセイジン」とともに、地球に帰りつく日まで放浪を続ける。さて、今回の世界は……!?
〽西の湖岸に巨人の姿。
赤い泉に竜の影。
巨人の頭は天をつく。
巨人のてのひら家より広い。
竜のからだは何より強く、
翼をふるわせ人を喰う。
女王びっくり仰天して、
騎士と兵士を送り出した。
(ジャスブルーのわらべ歌より)
*
王都の西、リードリーからさらに西へ、細い街道が伸びている。
ふだんは、マモー族と交易商人が通るだけで、ほとんど人がいきかうことはない。それでも荷車が通るから、その幅くらいは平らにならされている。
両脇にまばらに植えられたアカリタケが、ぼんやりと道を照らす。
さて、小柄な若者が、ひとり。
ゼラ族である。証拠に、大きなしっぽに縦縞がある。
交易商人ではない。証拠に、腰に剣をさしている。
土色のジャケットをきて、背には、こうもりの革でできた大袋。ゼラ族にしては低い鼻、やけに長い6対のひげ。するどい目つきを、目深にかぶった帽子のつばで隠すようにして、早足で、西へ。
名を、ラードナーラという。
*
半日前。
ラードナーラは、リードリーの穴ぐら酒場にいた。
街はずれの壁ぎわから、ななめに潜った先にある。奥には醸造場。酒の貯蔵庫もかねた飲み屋である。
醸造場がメインだからか、飲み屋のスペースは、せまい。十人もはいれば満席である。もっとも、この小さな町で、一度にそれほど客が入るとも思われない。
店内は、暗い。アカリタケが、ほんの申し訳ていどに置いてあるだけだ。
飲んでいるのは、きのこ酒。クズキノコとかカベノタケとかいう雑多なきのこを漬け込んだ、安い酒である。
南の辺境出身のラードナーラには、馴染んだ味だ。
ラードナーラは、竜の巣へむかう途中、休憩がてらに立ち寄ったのだ。
姫を、助けにゆくのである。
話は、こうだ。
女王の娘のひとり、カーラ姫が、誘拐されたというのだ。
犯人は、女王のきょうだいで大臣の、レカーダ。カーラ姫からは、叔父にあたる。
レカーダは、兵に追われ、姫を連れて竜の巣と呼ばれるところに逃げこんだ。
救出隊の兵たちは、竜の影におびえて、逃げ帰ったという。
ラードナーラがその噂をきいてから、まる二日たっている。
救出隊は、とっくに再編成され、出立しているにちがいない。本来、部外者のラードナーラが関わる余地はない。
竜の巣は国境のすぐ近くであり、もしかすると街道そのものが通行止めになっている可能性もある。
諦める気はない。
ここで手柄をたてれば、出世は思いのままだ。そう、思っている。
近道をするには、マモー族のすむ湖のそばを通るしかないが──
「湖へいく道を知らないか?」
酒場の主人に、小さな声でたずねる。
主人は、ひげの短い、頑健そうな男であった。しわがれた低い声で、
「やめといたほうがいい。巨人がでたんだと。」
「巨人!?」
マモー族が巨人を信仰しているとは、聞いたことがある。しかし、遠い昔に絶滅した生物のはずだ。
「何日か前に、突然な。頭が天井につくほど、でっかいらしい」
主人の口調には、からかっているような様子はない。
「へえ……、」
ラードナーラは、そうつぶやくしかなかった。
「討伐隊が、ついさっきそこを通っていったよ。ひっとらえて、女王の前にひきずりだすそうだ」
「しかし、湖はマモー族の領域だろう。まずいんじゃないのか」
「そうかもしれんが、辺境のおれたちにしたらそんな綺麗ごとは言ってられんよ。巨人が暴れたら、こんな村なんかひとひねりだろう。……それに、」
「それに?」
「巨人がおれたちの何百倍食うと思う?
一ヶ月もすりゃ、湖の食料を全部喰いつくしてこっちにやって来るさ。出すもんだって凄いだろう。巨人にその気がなくたって、世界はおしまいさ。いずれな」
男の言うことはもっともだった。
この世界は、閉じているのだから。
「……なるほど。そういうもんかね」
ラードナーラは立ち上がり、上着のポケットから石銭をだしてテーブルに置いた。
「……行くのかい」
ああ、と小さくつぶやいて、走りだす。
西へ。




