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異世界八景  作者: 楠羽毛
地底の世界
30/206

青年剣士

(前章までのあらすじ)未来人の陰謀により、一週間ごとに違う異世界へワープすることになってしまった女子中学生、向田朱里。監視役の人工生命体「カセイジン」とともに、地球に帰りつく日まで放浪を続ける。さて、今回の世界は……!?

〽西の湖岸に巨人の姿。

 赤い泉に竜の影。


 巨人の頭は天をつく。

 巨人のてのひら家より広い。


 竜のからだは何より強く、

 翼をふるわせ人を喰う。


 女王びっくり仰天して、

 騎士と兵士を送り出した。 


(ジャスブルーのわらべ歌より)



 王都の西、リードリーからさらに西へ、細い街道が伸びている。

 ふだんは、マモー族と交易商人が通るだけで、ほとんど人がいきかうことはない。それでも荷車が通るから、その幅くらいは平らにならされている。

 両脇にまばらに植えられたアカリタケが、ぼんやりと道を照らす。

 さて、小柄な若者が、ひとり。

 ゼラ族である。証拠に、大きなしっぽに縦縞がある。

 交易商人ではない。証拠に、腰に剣をさしている。

 土色のジャケットをきて、背には、こうもりの革でできた大袋。ゼラ族にしては低い鼻、やけに長い6対のひげ。するどい目つきを、目深にかぶった帽子のつばで隠すようにして、早足で、西へ。

 

 名を、ラードナーラという。



 半日前。


 ラードナーラは、リードリーの穴ぐら酒場にいた。

 街はずれの壁ぎわから、ななめに潜った先にある。奥には醸造場。酒の貯蔵庫もかねた飲み屋である。

 醸造場がメインだからか、飲み屋のスペースは、せまい。十人もはいれば満席である。もっとも、この小さな町で、一度にそれほど客が入るとも思われない。

 店内は、暗い。アカリタケが、ほんの申し訳ていどに置いてあるだけだ。

 飲んでいるのは、きのこ酒。クズキノコとかカベノタケとかいう雑多なきのこを漬け込んだ、安い酒である。

 南の辺境出身のラードナーラには、馴染んだ味だ。

 ラードナーラは、竜の巣へむかう途中、休憩がてらに立ち寄ったのだ。

 姫を、助けにゆくのである。


 話は、こうだ。


 女王の娘のひとり、カーラ姫が、誘拐されたというのだ。

 犯人は、女王のきょうだいで大臣の、レカーダ。カーラ姫からは、叔父にあたる。

 レカーダは、兵に追われ、姫を連れて竜の巣と呼ばれるところに逃げこんだ。

 救出隊の兵たちは、竜の影におびえて、逃げ帰ったという。


 ラードナーラがその噂をきいてから、まる二日たっている。

 救出隊は、とっくに再編成され、出立しているにちがいない。本来、部外者のラードナーラが関わる余地はない。

 竜の巣は国境のすぐ近くであり、もしかすると街道そのものが通行止めになっている可能性もある。

 諦める気はない。

 ここで手柄をたてれば、出世は思いのままだ。そう、思っている。

 近道をするには、マモー族のすむ湖のそばを通るしかないが──

「湖へいく道を知らないか?」

 酒場の主人に、小さな声でたずねる。

 主人は、ひげの短い、頑健そうな男であった。しわがれた低い声で、

「やめといたほうがいい。巨人がでたんだと。」

「巨人!?」

 マモー族が巨人を信仰しているとは、聞いたことがある。しかし、遠い昔に絶滅した生物のはずだ。

「何日か前に、突然な。頭が天井につくほど、でっかいらしい」

 主人の口調には、からかっているような様子はない。

「へえ……、」

 ラードナーラは、そうつぶやくしかなかった。

「討伐隊が、ついさっきそこを通っていったよ。ひっとらえて、女王の前にひきずりだすそうだ」

「しかし、湖はマモー族の領域だろう。まずいんじゃないのか」

「そうかもしれんが、辺境のおれたちにしたらそんな綺麗ごとは言ってられんよ。巨人が暴れたら、こんな村なんかひとひねりだろう。……それに、」

「それに?」

「巨人がおれたちの何百倍食うと思う?

 一ヶ月もすりゃ、湖の食料を全部喰いつくしてこっちにやって来るさ。出すもんだって凄いだろう。巨人にその気がなくたって、世界はおしまいさ。いずれな」

 男の言うことはもっともだった。

 この世界は、閉じているのだから。

「……なるほど。そういうもんかね」

 ラードナーラは立ち上がり、上着のポケットから石銭をだしてテーブルに置いた。

「……行くのかい」

 ああ、と小さくつぶやいて、走りだす。

 西へ。

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