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異世界八景  作者: 楠羽毛
デイジーの世界
3/206

市場

「外にゆこうよ。」と、カセイジンがいった。

 食堂をでて、与えられた部屋へむかおうと歩きだしたところ。朱里はすぐに足をとめて、

「いいの!?」とさけんだ。

「もちろん。姫も、そう言ってたでしょう。」

 とたんに、朱里は早足で歩きはじめた。カセイジンが、「こっち!」とさけんで道をしめす。「はぁい、」と上機嫌に。目をぱちぱちとしばたかせながら。

 一足飛びに階段をあがる。クロヒナギクと二度、すれちがう。

 らせん階段をあがって、廊下を長々とあるき、二度まがり、また廊下をすすんで、ホールへ。

 広い広い玄関ホール。天井には豪奢なシャンデリア。もやもやしたあかりに包まれた。

 だあれもいない、広いホール。

「……ねえ、」

 大扉に手をかけたところで、ふと、足をとめる。

「なんだい、アカリ。」

 朱里は口をひらいて、それから何もいわずにまた閉じた。

 扉をおしひらく。


 明るい、外へ。


 

 門をでたところで、ふと、違和感をおぼえて、朱里は一度ふりかえった。

 あたりをゆだんなく見はる、黒機兵の、首が、

 くるりと、一回転したように見えて。 



(……気のせいかな?)

 朱里は太陽にかざした手をひっこめた。空がゆがんで見える。

 雑踏のなかである。

 王宮からほど近い、市場通りのなか、名物の簡易店舗がずらりとならぶ。デイジー・ベルでいちばんの繁華街。

 店舗のほとんどは食べ物屋、ちょうど昼どきのせいか、なにかが焼ける匂いと、甘辛い調味料のかおりが喉をさす。

 足早にあるく人々の動きについていけず、朱里は少しめまいを感じた。空がへんなふうに見えたのも、人けにあてられたせいかもしれない。

 馬車がくる。

 歩道と車道の区別はないらしい。人々はあわてるでもなく、自然に左右によけていく。

 天蓋つきの、大きな馬車であった。

 どん、とつきあたった背中にあわてて謝罪する。ふりむいた女と目があう。朱里とおなじ、黒髪、茶色がかった目の、紅いバンダナをまいた女。軽く手をふって、すぐにいってしまう。

 目の色、肌の色はさまざまで、あらゆる人種が入り混じったかのように見える。しかし、クラデ王女や国王のような、輪のような眼をしたものはいない。

「あ、これ美味しそう」

 朱里は、通りの右手に店を広げている食べ物屋をのぞいて、声をあげた。

 串に刺した紅い果物に、調味料をまぶした料理。焼いてあるようにも見えるが、よくわからない。

「買いなよ」

 肩のところで浮いていたカセイジンが、軽く言う。

「お金、持ってないもん」

「いいから。」

 重ねていわれ、朱里はきょとんと首をかしげたが、すぐに、はずむような足どりで店の前にとりつく。簡易店舗はみな、通りに面したところに大きな窓口があり、商品をそこからわたすようになっている。

「すみませーん、一串ください!」

 そう、声をかける。

 窓口のむこうにいたのは、紺色のシャツをきた、赤毛の男だった。男の手前がすぐ串焼きの調理台になっているようで、脇によけた皿からすぐ、

「はいよ、」

 と串を渡される。朱里は香ばしいにおいにつばをのみながら、

「お代は?」

 払えといわれても困るのだが、とりあえず食べてしまう前にと、きいてみる。

「いただいたけど?」

 男はふしぎそうにこちらをみて、手元をさすようなしぐさをした。

 調理台よりむこうは、ここからは死角である。

 朱里は首をかしげたが、それ以上なにも言わずに、串をもったまま歩き出した。

 果物にかぶりつく。甘い。かけてあったのは砂糖と、シナモンか。それだけではないようだが。

「……さっきの、どうなってるの?」

 もごもごと口の中に果実をおさめたまま、カセイジンにたずねる。

「魔法さ」

 きいたとたん、朱里は狷介そうなうなり声をあげた。

「はああ?」

 にらみつけると、カセイジンはあわてたように、

「いやあ、……クラデ王女が払っておいてくれてるんだよ」

「……それだけ?」

「それだけさ。ほかに何か?」

「ふうん……」

 朱里は、道のはしによって足をとめた。右手に空串をぶらさげながら、にらむように店舗のやりとりを見る。どの客も、金を払うそぶりはない。そのかわり、商品を渡したあと、店員が手元で何かをしているようだ。

 ……いや、

 観察をはじめて、21人目。

 串を受け取った客が、店員に何かをわたした。

 銅色の、無地のコイン。そのように見えた。


 朱里は無言のまま、また歩き出した。

「気がすんだ?」

 ちょっとおびえたような声で、カセイジンが訊く。

「……さあね。ほかの場所にいこう」

 ふきげんそうにそういって、朱里はまたあるきだした。


 塵ひとつない、きれいな土色の地面を。

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