表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界八景  作者: 楠羽毛
砂漠の世界
27/206

決断

 夕刻──


 朱里はズ・ルの私室を訪れた。

 それほど、広くはない。窓もなく、薄暗い。壁にも天井にも、食堂にあったような装飾はない。おちついた灰色で、つるつるに磨きこまれている。

 部屋のなかには、何もない。

 寝台と、私物をいれる収納箱がひとつ、あるだけだ。

 ズ・ルは、部屋の中心で、壁のほうをむいて座っていた。

 朱里が入っていっても、ふりむきすらしない。

 すぐ背後に、朱里がたったとき、ようやく、

「……アカリ、どうした」

 と、つぶやくように言った。

「……話があるの、」

「そうか、」

 声が沈んでいる。ようにきこえた。翻訳のせいかもしれないが。

「怒ってるの?」

「なぜ?」

「そりゃ、……」

 しばらく考えて、朱里は言いなおした。

「……後悔してる?」

「なにが?」

「いいえ、……なんでもない。」

 朱里は、すとんとつめたい床に座った。ズ・ルのむかい、壁とのあいだに。

 ズ・ルは顔をあげた。むろん、表情は読み取れない。

「……なにが言いたいんだ、アカリ」

 朱里は、意を決して、いった。

 なるたけ、何も表情にださぬよう。

 デイジーベルの王族のように。

「かれらとの和解を、……要求します」

「要求だって?」あざわらうように。「なんの権利で?」

「水袋人として。……そして、あなたに利益をもたらす者として。」

「なんの利益を?」

「……わたしがこの世界にいられるのは、あと三日。」

 いわれて、ひと呼吸。

「きみは、神様だったのかい」

「いいえ。でも、そう思ってくれてもけっこう」

「冗談だよ。でも……そう思う人はたくさんいるだろうね。」

「そうね。あなたはそれを利用すればいい。」

 ズ・ルは感嘆の声をあげた。

「ねえ、……あと三日のあいだ、私を好きに使えばいいわ。砂漠の街にとつぜん現れた水袋人。大勢のまえで、あなたの都合のいいように喋ってあげる」

「……そのかわり、奴らを許してやれ、と?」

「いいえ、」

 朱里は、ゆっくりとほおえんだ。クラデ王女のことを考えながら。

「かれらを利用するの。大きな力をみせつけながらほんの少しだけ譲歩して、そのことを大声でふれまわる。そのほうが、ずっとあなたの利益になるはずよ。あなたは、優しい王様なのだから」

「王様?」ふしぎそうに、ズ・ルはといかえした。そういう言葉はないらしい。

「オアシス・プールを開放しましょう。ただし、年に三回だけ。まつりの日が、少し増えるだけと思えばいい。」

「あんなもの、……いるものか。欲しければ、誰にでもくれてやる。」

「三回だけでいいの。簡単にすべてを譲ってはいけない。そうして、たった三回の譲歩を、最大限に利用しなさい。私をいいように使って。弱腰でなく、優しく、知恵のある支配者を演じなさい。これまで、ずっとそうしてきたように。」

 かさねて、朱里はいった。必死で頭を回転させて。

「誇りではなく、名誉をとりなさい。ズ・ル。ハ・ル・シティの民を、誰よりも愛しているのは、あなたでしょう」

 ズ・ルは安心したようにわらい声をあげた。


 朱里は、考える。


 この笑い声も、翻訳機を通したものだ。

 かれらの表情は、わたしには読めない。

 翻訳機がかれらの言葉にこめた感情を正確に伝えているのか、確認する方法はない。


 それでも、……



 パ・ルリは別室にいた。

 食堂の裏。作業場として、ズ・ルがあたえた部屋である。

 このところ、パ・ルリはこの部屋にいることが多い。

「……、アカリさん。」

 パ・ルリはゆっくりと立ちあがった。

 テーブルをはなれて、歩きだそうとするのを、手をかざしておしとどめる。

 朱里は、口を開いた。いままでにないくらい、真剣な顔をして。

「パ・ルリ、あなたに話があるの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ