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異世界八景  作者: 楠羽毛
砂漠の世界
26/206

帰り道

 明け方──

 シティから兵をひきいてやってきたズ・ルは、朱里の顔をみたとたん大笑いした。

「いやあ、さすがだな。一人で、30人からの暴徒を撃退するとは」

 ナラドマから報告を受けたらしい。朱里は、にらむように眉根を寄せてそっぽをむいた。

「……しらなかったんだから。」

 カセイジンが何か言いたげに視線を投げてくる。ぎろりと睨みかえす。

 パ・ルリがつくった服は、濡れねずみでとても着ていられたものではなかったので、今は適当な余り布を巻き付けている。みっともないが、気にしている余裕はない。

 あたりは、もうほとんど元の状態に戻っていた。

 陸地に降った水は、ほとんど溜まることなく湖に流れ落ちたようだ。もともと、まつりの大噴水にそなえて、排水設備はしっかりと造ってある。

「水袋人は、水をあびても平気らしいが、」といって、ズ・ルはまた声をあげて笑った。「おれたちは、全身に水をかぶると呼吸孔が詰まって窒息するのさ。酸欠になると『麻痺の眠り』に入るから、よっぽどでなければ死ぬことはないがね」

「それで、水を避けていたのね──」

「そういうことだ。てっきり、知ってると思ってたが」

 朱里は首をふった。麻痺の眠りというのも初耳だ。多少は、思いあたることがないではないが。

「……あの人たちは?」

「撤退したよ。水が止まってすぐ、オアシスの外にいた仲間が助けにきたらしい。……残念だ。一網打尽にするチャンスだったんだが」

「そう……」

 朱里は、気づかわしげに、木陰に座っているパ・ルリをみた。

 夜半にやってきた兵たちは、すぐに敷地内を捜索し、行方がわからなくなっていたタワーの警備員やパ・ルリを保護した。

 パ・ルリは、タワーのすぐ下で、『麻痺の眠り』に入っていた。人目をさけてタワーに戻ろうとしているうちに、噴水が始まってしまったとのことだった。

 それ以上、彼女は何も語らなかった。


 表情はわからない。けれども、

 朱里には、沈んでいるようにみえた。



 がたん、ごとん──


 舗装された道のうえを、ルーダーが車をひいていく。

 ぜんぶで、5台。

 ズ・ル、パ・ルリ、朱里は、それぞれ別の車に乗っている。

 朱里は、護衛の兵たちからすこし離れてしゃがんでいる。キャラバンの車よりもずっと大きい。本来なら、もっと大人数で乗るものだろう。

「……あいつら、どうして、オアシス・プールを襲撃したんだろう」

 朱里は、ちいさくつぶやいた。耳元に浮いているカセイジンが、きょとんとして問い返す。

「どういう意味?」

「だって、……水なんか、ほんとうはこの世界では誰も必要としないのに。」

「……色々あるのさ。部外者のぼくらが、気にすることじゃない」

 がん、と朱里は容赦なくカセイジンの頭を拳でたたいた。

「何するのさ!」

「それ、言うなっていったでしょう。」

「そんなこと言ったって……お互い『地球人』だったデイジーベルとちがって、ここじゃ、種族そのものが違うんだ。正義も悪も、法律も、感情も、言葉の意味さえ、君が思っているのとは違うはずだよ。そんなところで──」

「……だとしても、」

 朱里は言葉をきって、唇をかんだ。

 パ・ルリのことを考える。


 それから、ズ・ルのこと。

 最後に、ギマのことを。


 そうして、朱里は決心した。

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