帰り道
明け方──
シティから兵をひきいてやってきたズ・ルは、朱里の顔をみたとたん大笑いした。
「いやあ、さすがだな。一人で、30人からの暴徒を撃退するとは」
ナラドマから報告を受けたらしい。朱里は、にらむように眉根を寄せてそっぽをむいた。
「……しらなかったんだから。」
カセイジンが何か言いたげに視線を投げてくる。ぎろりと睨みかえす。
パ・ルリがつくった服は、濡れねずみでとても着ていられたものではなかったので、今は適当な余り布を巻き付けている。みっともないが、気にしている余裕はない。
あたりは、もうほとんど元の状態に戻っていた。
陸地に降った水は、ほとんど溜まることなく湖に流れ落ちたようだ。もともと、まつりの大噴水にそなえて、排水設備はしっかりと造ってある。
「水袋人は、水をあびても平気らしいが、」といって、ズ・ルはまた声をあげて笑った。「おれたちは、全身に水をかぶると呼吸孔が詰まって窒息するのさ。酸欠になると『麻痺の眠り』に入るから、よっぽどでなければ死ぬことはないがね」
「それで、水を避けていたのね──」
「そういうことだ。てっきり、知ってると思ってたが」
朱里は首をふった。麻痺の眠りというのも初耳だ。多少は、思いあたることがないではないが。
「……あの人たちは?」
「撤退したよ。水が止まってすぐ、オアシスの外にいた仲間が助けにきたらしい。……残念だ。一網打尽にするチャンスだったんだが」
「そう……」
朱里は、気づかわしげに、木陰に座っているパ・ルリをみた。
夜半にやってきた兵たちは、すぐに敷地内を捜索し、行方がわからなくなっていたタワーの警備員やパ・ルリを保護した。
パ・ルリは、タワーのすぐ下で、『麻痺の眠り』に入っていた。人目をさけてタワーに戻ろうとしているうちに、噴水が始まってしまったとのことだった。
それ以上、彼女は何も語らなかった。
表情はわからない。けれども、
朱里には、沈んでいるようにみえた。
*
がたん、ごとん──
舗装された道のうえを、ルーダーが車をひいていく。
ぜんぶで、5台。
ズ・ル、パ・ルリ、朱里は、それぞれ別の車に乗っている。
朱里は、護衛の兵たちからすこし離れてしゃがんでいる。キャラバンの車よりもずっと大きい。本来なら、もっと大人数で乗るものだろう。
「……あいつら、どうして、オアシス・プールを襲撃したんだろう」
朱里は、ちいさくつぶやいた。耳元に浮いているカセイジンが、きょとんとして問い返す。
「どういう意味?」
「だって、……水なんか、ほんとうはこの世界では誰も必要としないのに。」
「……色々あるのさ。部外者のぼくらが、気にすることじゃない」
がん、と朱里は容赦なくカセイジンの頭を拳でたたいた。
「何するのさ!」
「それ、言うなっていったでしょう。」
「そんなこと言ったって……お互い『地球人』だったデイジーベルとちがって、ここじゃ、種族そのものが違うんだ。正義も悪も、法律も、感情も、言葉の意味さえ、君が思っているのとは違うはずだよ。そんなところで──」
「……だとしても、」
朱里は言葉をきって、唇をかんだ。
パ・ルリのことを考える。
それから、ズ・ルのこと。
最後に、ギマのことを。
そうして、朱里は決心した。




