水
朱里は、黙ってそこにしゃがみこんで、じっとしていた。
ふつふつと、怒りがわきあがって来る。
決めた。
「……あいつら、水ぶっかけてアタマ冷やしてやる」
「はあ!?」
「だいたいなんであたしがずぶ濡れになってんの。あいつらが濡れるべきでしょう」
「だからって……いや、それは、……ちょっと、落ち着きなよ」
カセイジンは慌てたように朱里の首のまわりを飛びまわった。滑稽なほどくちばしを突き出して、触手をばたばた動かす。
「やめなよ。そんなことで、危険を犯すべきじゃない。どっちが勝ったとしても、きみは大事に扱ってもらえるはずなんだから──」
「そういう話じゃない」
「じゃあ、どういう話なのさ?」
「ギマとパ・ルリの話よ」
「何なの、それ?」
「カセイジン、私はね、──前のとき何もできなかったことを、ずっと後悔してるの」
「前って、シロハ王子のこと? どういう意味かよくわからないけど……あれは王家の問題で、キミは部外者じゃないか。何もできなかったって、気に病むことなんか──」
「部外者?」
朱里は、ぐっとカセイジンのあたまをつかんで、口元にひきよせた。
「二度と、その言葉をわたしに使うな。わかった?」
カセイジンは瞼をけいれんさせて黙ってしまった。
朱里は、コントロールパネルに手をのばした。カセイジンが、ためらいながらもう一度、手元に寄ってきてつぶやく。
「……敷地ごと水没したら、どうするんだい」
「水量は調整できるんでしょ。そんなことにはならない」
「ていうか、あれだけ殺気だってる相手に、水なんかかけたって……」
これ以上は無視することにして、朱里はレバーに手をかけた。
がしゃんと、大きな音をたてて、
ポンプが加速する。
*
いちおう、考えがないわけではなかった。
風の民は水を嫌う。それでなくとも、豪雨のような水しぶきがあたりを包めば、視界は極端に悪くなる。もともと視力も悪いから、まともに行動できなくなるかもしれない。
その混乱に乗じて、外に出て、パ・ルリとギマをさがす。
ついでに、グーラニがいたら、一発蹴っ飛ばしてやる。
その先は、まだ考えていない。
ともかくも、朱里は、バルコニーに出た。そろそろ暗くなるころではあるが、ここからならかなり遠くまで見渡せるはずだ。
いっそ、ここから演説してやろうか。
やつら、目を丸くするだろう。もしかすると、それだけで引き揚げる気になるかもしれない。そんなことを妄想する。
やはり、水しぶきがひどい。水はかなり上空まで噴き上がって散っているので、塔のまわりだけ特別水勢が強いわけではないが、それでも、バルコニーの中に、横殴りに水が吹き込んでくる。
目を細めて水をよけ、下をみる。
なにか、おかしい。
朱里は、言葉を失った。
塔の正面にいたらしき暴徒たち、……それから、少し遠く、見わたすかぎりオアシス・プールの屋外にいるすべての風の民たちが、みな、倒れ伏して動かなくなっていた。
ほどなく陽は沈み、噴水は止まった。それまで、朱里はそこに立ちつくしていた。




