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異世界八景  作者: 楠羽毛
砂漠の世界
24/206

ナラドマ

 ずぶぬれになった服をしぼりながら、朱里はひたひたと歩いていた。

 裸足である。

 飾りの薄布は濡れてはりつくので、とってしまった。眼鏡をなくさなかったのが、せめてもの幸いだ。そろそろ陽もしずむ。あたりには誰もいない。パ・ルリはどこへ行ったのか。無事でいるのかどうかもわからない。

 タワーへ。

 遊歩道はさけて、湖岸をあるくことにする。なるべく、姿勢をひくく。カセイジンが話しかけてくるが、無視する。かまっている暇はない。

 タワーに着いてどうするのかはわからない。ただ、歩く。


 足の痛みが薄れてきたころ、ようやく──


 タワー前、石畳の広場のようなところにでた。

 注意深く、あたりを伺いながらすすむ。広場のまわりをぐるりと囲むように、背の高い樹。それから、ベンチのようなものがひとつ。

 すぐにでもタワーにとびこみたい気持ちをおさえて、ゆっくりと進む。

 風の音にまぎれて、ざわりとした嫌な気配が動く。

 足は止めない。けれども、思わずふりむいて、気配のほうを見てしまう。


 目が合った。


 仰向けに倒れている男と、である。

 タワーの技術者。ナラドマといったか。喉元に、槍の穂先。

 考えるより先に、体が動いていた。

 走る。ナラドマに槍をつきつけているのは、大柄な風の民。ナラドマと格闘したのか、膝と右手に擦り傷。青い腕輪はつけていない。ふと、違和感。

 頭ではためらっていても、体は止まらない。朱里は思いきり体をぶつけて、風の民をつきとばしていた。風の民の体は、地球人よりずっと軽い。大柄にみえても、体重は朱里の半分程度だ。簡単によろけて、あおむけに倒れる。

 タワーの窓からさすあかりが、倒れた体をまっすぐに突き刺す。

 ごつごつした手、大柄なからだ、大きな目。


 ギマ。ギマだ。


「どうして──」

 朱里は呆然として立ちつくした。

 ぼたり、ぼたりと、指先から水が涙のように流れた。

 すぐに、右手が引かれる。

 ナラドマが立ち上がって、叫んでいた。

「アカリ! はやく、タワーに!」

 



 タワーの入り口をかたくしめて、制御室へとびこんだ。

 朱里は、びたびたに濡れた服を気にしながら、床に座りこんだ。考えがまとまらない。

「……かれらは、オアシス・プールを解放せよと叫んでいました。ズ・ル様に敵対する奴らでしょう」

 ナラドマは早口でいった。あたりに転がっている機材をかきまわして、大きな棒をとりだす。

「パ・ルリさんは?」

「わからない。ここには戻ってないの?」

「いえ……。他にも戻ってない者がいます。とにかく、シティに連絡しないと。あなたはここにいて下さい。ここは鍵がかかるし、一番安全です」

「そうね……」

 朱里は頭を振った。いろんなことが脳裏にちらついて消えない。

「シティに連絡したら、すぐに助けがくるの?」

「距離があるので、すぐには……でも緊急事態ですから、急いで兵を派遣してくれるでしょう。それまで持ちこたえなくては。」

「……兵がきたら、どうなるの?」

 朱里はくらい声できいた。

「さァ、たぶん勝つでしょう。やつらは捕らえられて裁かれるか、抵抗すれば殺されるかもしれない。とにかく、オアシス・プールは守られます」

 ナラドマはそれ以上取り合おうとはせず、部屋のドアをあけて廊下にでた。一度ふりむいて、

「ここにいてください。もし、やつらが塔に侵入してきても、落ち着いてじっとしていて。」

「……あの、」

 ためらいながら口を開く。

「なんです?」

 朱里はすこし迷って、それから、黙って口をとじた。

 言えたものではない。


 傷つけずになんとかできないか、などと。


 ともかくも、ドアは閉じられ、外側から鍵がかけられた。

 部屋には、朱里ひとり。もちろん、カセイジンは別として。


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