ナラドマ
ずぶぬれになった服をしぼりながら、朱里はひたひたと歩いていた。
裸足である。
飾りの薄布は濡れてはりつくので、とってしまった。眼鏡をなくさなかったのが、せめてもの幸いだ。そろそろ陽もしずむ。あたりには誰もいない。パ・ルリはどこへ行ったのか。無事でいるのかどうかもわからない。
タワーへ。
遊歩道はさけて、湖岸をあるくことにする。なるべく、姿勢をひくく。カセイジンが話しかけてくるが、無視する。かまっている暇はない。
タワーに着いてどうするのかはわからない。ただ、歩く。
足の痛みが薄れてきたころ、ようやく──
タワー前、石畳の広場のようなところにでた。
注意深く、あたりを伺いながらすすむ。広場のまわりをぐるりと囲むように、背の高い樹。それから、ベンチのようなものがひとつ。
すぐにでもタワーにとびこみたい気持ちをおさえて、ゆっくりと進む。
風の音にまぎれて、ざわりとした嫌な気配が動く。
足は止めない。けれども、思わずふりむいて、気配のほうを見てしまう。
目が合った。
仰向けに倒れている男と、である。
タワーの技術者。ナラドマといったか。喉元に、槍の穂先。
考えるより先に、体が動いていた。
走る。ナラドマに槍をつきつけているのは、大柄な風の民。ナラドマと格闘したのか、膝と右手に擦り傷。青い腕輪はつけていない。ふと、違和感。
頭ではためらっていても、体は止まらない。朱里は思いきり体をぶつけて、風の民をつきとばしていた。風の民の体は、地球人よりずっと軽い。大柄にみえても、体重は朱里の半分程度だ。簡単によろけて、あおむけに倒れる。
タワーの窓からさすあかりが、倒れた体をまっすぐに突き刺す。
ごつごつした手、大柄なからだ、大きな目。
ギマ。ギマだ。
「どうして──」
朱里は呆然として立ちつくした。
ぼたり、ぼたりと、指先から水が涙のように流れた。
すぐに、右手が引かれる。
ナラドマが立ち上がって、叫んでいた。
「アカリ! はやく、タワーに!」
*
タワーの入り口をかたくしめて、制御室へとびこんだ。
朱里は、びたびたに濡れた服を気にしながら、床に座りこんだ。考えがまとまらない。
「……かれらは、オアシス・プールを解放せよと叫んでいました。ズ・ル様に敵対する奴らでしょう」
ナラドマは早口でいった。あたりに転がっている機材をかきまわして、大きな棒をとりだす。
「パ・ルリさんは?」
「わからない。ここには戻ってないの?」
「いえ……。他にも戻ってない者がいます。とにかく、シティに連絡しないと。あなたはここにいて下さい。ここは鍵がかかるし、一番安全です」
「そうね……」
朱里は頭を振った。いろんなことが脳裏にちらついて消えない。
「シティに連絡したら、すぐに助けがくるの?」
「距離があるので、すぐには……でも緊急事態ですから、急いで兵を派遣してくれるでしょう。それまで持ちこたえなくては。」
「……兵がきたら、どうなるの?」
朱里はくらい声できいた。
「さァ、たぶん勝つでしょう。やつらは捕らえられて裁かれるか、抵抗すれば殺されるかもしれない。とにかく、オアシス・プールは守られます」
ナラドマはそれ以上取り合おうとはせず、部屋のドアをあけて廊下にでた。一度ふりむいて、
「ここにいてください。もし、やつらが塔に侵入してきても、落ち着いてじっとしていて。」
「……あの、」
ためらいながら口を開く。
「なんです?」
朱里はすこし迷って、それから、黙って口をとじた。
言えたものではない。
傷つけずになんとかできないか、などと。
ともかくも、ドアは閉じられ、外側から鍵がかけられた。
部屋には、朱里ひとり。もちろん、カセイジンは別として。




