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異世界八景  作者: 楠羽毛
砂漠の世界
23/206

グーラニ

 日がかたむいてきた。

 朱里は、タワーから5分ほど歩いた湖岸で、のんびりと座っていた。

 裸足で、足先は冷たい水につかっている。

 水はとても澄んでいるが、生き物の気配はない。水面すれすれを虫が飛んでいるくらいだ。これだけ大きい湖なら、魚くらいいても良さそうなものだが。

 いっそ、泳いでしまおうか。

 そう、思う。

 屋敷のプールと違って屋外であり、水着があるわけでもないので、さすがにためらっていたが、この陽気では我慢できなくなりそうだ。

 あたりを見回す。誰もいない。パ・ルリもどこかへ行っている。

 カセイジンは頭上に浮いているが、これはカウントしない。

(……よし、)

 決心して、服に手をかけようとした瞬間、


 南から、悲鳴がきこえてきた。  



 ざわざわ──と、侵入者たちの囁きあう声が聞こえて来る。

 朱里は、太い樹のかげに身をひそめていた。

 槍で武装した一団。ぱっと目につくだけで、およそ10人。別行動をしているものもいるようだ。そろいの青い腕輪をつけて、何かを探すようにそぞろ歩く。

(探している……何を?)

 まっさきに思いつくのは、タワー。だが、それなら探す必要はない。ズ・ルもここには来ていない。となれば──

 考えながら、そっと、忍びあしで動きだそうとしたとき、

「アカリ!」

 きいたような男の声。ぞっとして振り向く。

 快活な、ためらいのない声音で、

「やっと見つけた。君を迎えに来たんだ、」

 細い顔をした、やせた男。

 キャラバンを仕切っていた、グーラニという男だ。

「私を? なぜ」

 朱里はすばやく周囲を見回しながら、そう応えた。グーラニのほかに、青い腕輪をした者が3人。走って逃げられそうな隙間はない。

「ズ・ルに連れ去られたろう? 心配していたんだ」

「私のことなら……、」

 心配いらない、と言いかけて、やめた。

 ぎっと眉根を寄せて、グーラニの目をみすえる。

「……とりつくろうのはやめましょう、グーラニ。ここにズ・ルはいないわ」

 言葉を慎重に選んで、そう、言ってみせる。

 しばらく、沈黙。水の音だけ。それから、

「……そうか、」

 グーラニはゆっくりとまた喋りだした。

「それなら、ぶっちゃけよう。……アカリ、ぼくたちに協力してくれ。」

「なぜ?」

 と、最低限の言葉でかえす。不審に思われたくなかった。

「ここを見ればわかるだろう。ズ・ルは水を独占している。」

「これはズ・ルの財産なのでしょう」

「限度ってものがある。これだけの施設が、ズ・ル個人のために維持されているんだぜ。確かに一般公開はしちゃいるが、年にたった一度だ。それ以外の日は……、」

「それで、……どうして私を?」

「やつが、名誉を欲しがっているからさ。きみはその象徴だ。」

(……ばっかみたい。)

 朱里はこっそりつぶやいた。名誉だの、象徴だの。水袋人が何だというのか。

 ともかく、次にいうべきことを必死で考える。

「……ここにきたのは、そのためだけ?」

「……いや、」

 グーラニは否定した。すこし低い声になって、

「それだけなら、こんな大勢でこないさ。……わかるだろう。オアシス・プールさえ手に入れれば、おれたちは。」

「それも象徴? そんなの、」

「なあ、アカリ。君がどこから来たのかは知らない。だがズ・ルに肩入れする理由もないはずだ。ぼくたちの理屈はわかるだろう? こと水に関しちゃ、ぼくたちよりずっと切実なはずだ──」


 確かに、そのとおりかもしれない。

 ズ・ルに肩入れする理由などない。そのはずだ。


 だが、──


「……ごめん、無理」

 そう、一言つぶやくと、朱里は、くるりと身をひるがえして、勢いよく水にとびこんだ。



 湖の水は、思ったよりつめたく、深く、暗かった。

 カセイジンの声が何度か聞こえたが、なんと言っているかわからなかった。

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