グーラニ
日がかたむいてきた。
朱里は、タワーから5分ほど歩いた湖岸で、のんびりと座っていた。
裸足で、足先は冷たい水につかっている。
水はとても澄んでいるが、生き物の気配はない。水面すれすれを虫が飛んでいるくらいだ。これだけ大きい湖なら、魚くらいいても良さそうなものだが。
いっそ、泳いでしまおうか。
そう、思う。
屋敷のプールと違って屋外であり、水着があるわけでもないので、さすがにためらっていたが、この陽気では我慢できなくなりそうだ。
あたりを見回す。誰もいない。パ・ルリもどこかへ行っている。
カセイジンは頭上に浮いているが、これはカウントしない。
(……よし、)
決心して、服に手をかけようとした瞬間、
南から、悲鳴がきこえてきた。
*
ざわざわ──と、侵入者たちの囁きあう声が聞こえて来る。
朱里は、太い樹のかげに身をひそめていた。
槍で武装した一団。ぱっと目につくだけで、およそ10人。別行動をしているものもいるようだ。そろいの青い腕輪をつけて、何かを探すようにそぞろ歩く。
(探している……何を?)
まっさきに思いつくのは、タワー。だが、それなら探す必要はない。ズ・ルもここには来ていない。となれば──
考えながら、そっと、忍びあしで動きだそうとしたとき、
「アカリ!」
きいたような男の声。ぞっとして振り向く。
快活な、ためらいのない声音で、
「やっと見つけた。君を迎えに来たんだ、」
細い顔をした、やせた男。
キャラバンを仕切っていた、グーラニという男だ。
「私を? なぜ」
朱里はすばやく周囲を見回しながら、そう応えた。グーラニのほかに、青い腕輪をした者が3人。走って逃げられそうな隙間はない。
「ズ・ルに連れ去られたろう? 心配していたんだ」
「私のことなら……、」
心配いらない、と言いかけて、やめた。
ぎっと眉根を寄せて、グーラニの目をみすえる。
「……とりつくろうのはやめましょう、グーラニ。ここにズ・ルはいないわ」
言葉を慎重に選んで、そう、言ってみせる。
しばらく、沈黙。水の音だけ。それから、
「……そうか、」
グーラニはゆっくりとまた喋りだした。
「それなら、ぶっちゃけよう。……アカリ、ぼくたちに協力してくれ。」
「なぜ?」
と、最低限の言葉でかえす。不審に思われたくなかった。
「ここを見ればわかるだろう。ズ・ルは水を独占している。」
「これはズ・ルの財産なのでしょう」
「限度ってものがある。これだけの施設が、ズ・ル個人のために維持されているんだぜ。確かに一般公開はしちゃいるが、年にたった一度だ。それ以外の日は……、」
「それで、……どうして私を?」
「やつが、名誉を欲しがっているからさ。きみはその象徴だ。」
(……ばっかみたい。)
朱里はこっそりつぶやいた。名誉だの、象徴だの。水袋人が何だというのか。
ともかく、次にいうべきことを必死で考える。
「……ここにきたのは、そのためだけ?」
「……いや、」
グーラニは否定した。すこし低い声になって、
「それだけなら、こんな大勢でこないさ。……わかるだろう。オアシス・プールさえ手に入れれば、おれたちは。」
「それも象徴? そんなの、」
「なあ、アカリ。君がどこから来たのかは知らない。だがズ・ルに肩入れする理由もないはずだ。ぼくたちの理屈はわかるだろう? こと水に関しちゃ、ぼくたちよりずっと切実なはずだ──」
確かに、そのとおりかもしれない。
ズ・ルに肩入れする理由などない。そのはずだ。
だが、──
「……ごめん、無理」
そう、一言つぶやくと、朱里は、くるりと身をひるがえして、勢いよく水にとびこんだ。
*
湖の水は、思ったよりつめたく、深く、暗かった。
カセイジンの声が何度か聞こえたが、なんと言っているかわからなかった。




