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異世界八景  作者: 楠羽毛
砂漠の世界
22/206

タワー

 制御室、

 そういう名前の部屋であった。

 風の民の文化として、部屋ごとに扉がつくことはあまりなく、だいたいは素通しである。しかしこの部屋には、きちんと蝶番のついたドアがあり、鍵までかかっている。

 そっけないスチールラックのようなものが両壁面に、外壁の側はガラス。外に出る扉があって、その向こうは、広いガラス屋根に守られたバルコニーのようになっている。

 広さは、ズ・ルの屋敷の食堂の半分くらい。朱里の感覚では10畳ほどか。けして狭いわけではないのだが、そこここに工具や書類のつまった箱が散らばって、おまけに大きなパイプのつながった制御盤が部屋の真ん中にあるので、とても動きにくい。

 部屋のなかには、朱里のほかに風の民がふたり。一人はラックに向かって何か作業をしている。書類の整理か、何か資料を探してでもいるのか。もうひとり、肌の色が濃い、比較的大柄で痩せたほうが、朱里にむきあっている。

「ぼくは、ナラドマといいます。」

 そう、かれはいった。実直な若い男の声にきこえた。

「オアシス・プールの給水システムは、ここで制御しています。ここのシステムは、水袋人の遺跡を利用していて……」

「水袋人の遺跡があるの!?」

 朱里は思わずさけんだ。水袋人、すなわち人類。かつてこの世界にも人間がいたなら、当然その痕跡もあって然るべきだが、今まで思い至らなかった。

「はい。この地域には、水袋人がつくった地下水路が残っています。水源はここから約250ドルー離れたスレート鉱山、そこから、ハ・ル・シティの西をぬけ、とおく南の果てで地上に露出しているとか。」

「じゃ、この水は……」

「地下水です。地上まで汲み上げるシステムも、もともとは水袋人がつくったとか。今は、我々が整備し、維持していますがね」

「……これ、ポンプで汲み上げてるってこと? 電気で?」

「そうです。水袋人の時代は、どうやっていたのか知りませんが……。今は、プールの外周に並んだ発電板から、電力を供給しています」

「へぇ……。」

 ハ・ル・シティに入るときも見かけた、黒いパネルを思いだした。発電板、すなわち太陽光発電パネル。朱里のいた世界のそれと同じものかどうかわからないが。

 ズ・ルの屋敷でも、夜はいっさいの機械設備が使えないようだった。この世界の文明では、エネルギーのほとんどを太陽光発電で賄っているということらしい。

「そこまでして……ズ・ルのプライベートな施設なんでしょう? ここは」

「そうです。ただ、年に一度の『まつり』のさいは別ですがね」

「まつりって……昔からのお祭り? そういうのがあるの?」

「いいえ。ズ・ル様がここを再整備してから、はじまったイベントです。オアシス・プールを一般解放して、噴水をやるんですよ」

「噴水って……いまでも、やってるでしょう」

「そんなんじゃないです。……これを見て下さい」

 ナラドマは、スチールラックから、硬く加工された写真板をとって、朱里に見せた。


 それは、オアシス・プールの遠景であった。

 緑の庭、いりくんだ陸地、湖、中心に塔。

 ただ、塔がやけに高いように見える。それに、全体がぼやけている。

 カラー写真なのに、白くにごっているような……、


 霧、いや、雨のようでもある。しかし、この国で雨など降るはずもない。

 それは、巨大な水の傘であった。

 タワーの頂上から、高く高く水の柱がたちのぼり、オアシス・プール全体を覆って降り注いでいるのだ。豪雨のように。

 

 うつくしい、というより、すさまじい光景である。朱里はそう感じた。


「一般の人がオアシス・プールに近づけるのは、このときだけです。これは、初めてのまつりの時に、外から撮った写真ですね。」

「ズ・ルもまつりに出るの?」

「ズ・ル様や関係者は、タワーのほうにいます。我々はここで噴水の制御、ズ・ル様も大体そこにいらっしゃいます。この写真のときは、たしかバルコニーから見物されるはずだったのですが、どうしても少し水がかかるので、とりやめになりました。」

「ふうん……、」

 水しぶきをあびてあわてて部屋に戻ってくるズ・ルを想像して、朱里はちょっと笑みをこぼした。

「こんなに水を使って、だいじょうぶなの?」

「季節にもよりますが、地下水路には大量の水が流れていますので。噴水も、もっと大規模にやってもいいんですが、そうなるとポンプが保ちません。」

「そうなんだ……」

 地下の水路を想像してみる。オアシスを満たし、あたり一帯に雨を降らせてもまだ余るほど、ここには水があるのか。

「……ね、噴水はここで操作するんでしょう。じゃ、例えばこのへんのコックをひねったら……」

 朱里は制御盤をのぞきこんで、軽く右手をのばした。いろいろと文字のようなものが記されているが、意味はわからない。

「……絶対にやらないでくださいよ!」

 あわてて朱里の手を押し返しながら、ナラドマが鋭くさけぶ。

「やらないって。でも、できるんでしょ?」

「水量はこっちのレバーです。けど、……」

「やらないってば! にしても、噴水がそんなに見たいものかなあ。」

 たしかに、きれいな光景ではあるが。それにしても、噴水は噴水だ。

 実際に間近で見れば、また違うものだろうか。

「あなたには、わからないかもしれませんね。水袋人の時代には、水が珍しくなかったのでしょう。我々は水を飲まなくても生きていけますが、そのぶん水に対する憧れのようなものがあります。貴重なもので、富裕層の象徴でもありますし。」

 宝石のようなものか、と合点して、朱里はうなずいた。

 あるいは、火。この噴水は、花火のようなものかもしれない。

「私は、別の興味もありますがね。大量の水がないと、研究が進みませんので。」

「どういう研究?」

「発電ですよ。水力発電は実用化できましたが、かんじんの立地がないんです。ここの地下水路に発電機を設置できれば、いつでもハ・ル・シティに通電できます。まだまだ、技術的なハードルが高くて、めどは立っていませんが。」

「なるほどね……」

 朱里は興味深げにうなずいた。こういう話ならば、いくらでも聞いていられる。

 そういう性分なのだ。

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