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異世界八景  作者: 楠羽毛
砂漠の世界
21/206

湖岸

 遠くで、滝の音。

 広いひろい湖。対岸はかすんで見える。湖岸線は入り組んでいて、湖の中心と思われるところまで、陸続きで行けるようになっている。あちこちに橋、土蔵造りの建物、

 そして、湖の中心には、塔。

 5階建てくらいの高さか。これもまっしろの素っ気ないつくりで、窓がいくつかあるばかりだ。ただ、頂上近くに、大きく張り出したバルコニーとそれを守る屋根がある。

 目をこらす。

 白、とみえたが、よく見るとところどころ緑がかっているようだ。苔むしているのか。苔。この世界にきてから、他の場所ではついぞ見たことがない。それから、表面が揺れている。陽炎か、と一瞬おもうが、違う。

 塔の頂上から、壁面をつたって、大量の水が流れ落ちているのだ。滝の音と聞こえたのは、それだった。

 陸地に面した一面には大きく水よけが張り出しており、水は残りの3面を勢いよく流れて湖におちている。距離があるので音はあまり聞こえないが、ちょっとした滝のようだ。

「……すごぉい、」

 朱里が目のうえにかざした手をどけて嘆息すると、パ・ルリが驚いたような声をあげた。

「ここから塔が見えるんですか?」

「うん、まあ。一応ね。」

 むろん、朱里も目が悪いから、裸眼では見えない。眼鏡をかけているから、なんとか見えるのである。

「私には、とても。水袋人は、目がよろしいのですね」

 風の民の目は大きいが、瞼がなく直接砂にさらされることもあってか、硬く乾いている。だいたいいつも砂がついているし、あまりよく見えていないのかもしれない。

 してみると、この光景も、もしかするとまったく違うように見えているのか。

 朱里は、あたりを見回してみる。原っぱのなかに石畳の遊歩道、それから針葉樹が少し。この世界にもこんな風景があったのかと感嘆する。足元は砂地ではなく、ちょっと固めの普通の土のようだ。

 直射日光はあいかわらず強いが、水気と緑のせいか、あまり暑くは感じない。樹のかげに入れば、風があって涼しいとすら感じる。

 この全てが、ズ・ルの所有物であるらしい。

(本当に、大金持ちなんだ。)

 水ひとつとってもそうだ。朱里がひといきに飲んでしまうようなわずかな水でさえ、庶民にはひと財産であるらしい。それが、ここには溢れるほどある。にわかには理解しがたい状況である。

 ふと、自分が身につけている鎖が目にはいる。緑、赤、紫。米粒ほどの小さな石が、たくさん埋め込まれている。これも、高価な宝石なのだろうか。

 横にすわっているパ・ルリをみて、ふと、

「……、パ・ルリはさぁ」

 ぞんざいな口調で、声をかける。

「アクセサリとか、つくってたんでしょ」

「はい。今でも、作らせていただいてますよ」

 パ・ルリの返答はあくまで丁寧であるが、少しうちとけてきたようにも感じる。

「ズ・ルのあの王冠みたいなヤツも、あなたがつくったの?」

「おうかん、ですか」

「帽子みたいな。あの、ごてごてしたやつ」

「あれは、私ではないですよ。」

「だと思ったァ」朱里はおおげさに腕をくんでうなずいた。

「というと?」

「感じが違うでしょう。7つも8つも、いろんな種類の宝石を散らしてさ。ズ・ルの首飾りとか、肩の輪っかとか、宝石は入ってるけど、単色でしょう。あれが、パ・ルリの作風なんじゃないの」

「そうでないものも、作ることはありますけど。」

 パ・ルリは少しうれしげな口調で、

「ひとつひとつの品は、あえて目がとまらぬように。全身そろって初めて、輝くように見えればよいと、父から教わりました。それが、ズ・ル様の好みにも合いましたようで。」

「それじゃ、あの帽子は。」

「あれは、ズ・ル様が経営なされている装飾品店のものです。ああいうものを身に着けてみせなければならないのは、お辛いところですね。まあ、いろいろと立場がおありですから──」

「ふうん。」

 朱里は、ちょっと意外そうに眉をあげた。

「あなた、結構言うのね。」

「……貴方ほどでは。」

 言われて、朱里はちょっと苦笑した。

「わたしは、よそ者だもの。」

「悪い意味ではございませんよ。ズ・ル様は、あなたのような女性がお好きなようですね」

 かすかな棘のようなものを感じて、朱里はおどろいた。

「ズ・ルは、あなたがお気に入りだと思っていたけど。」

「召使いとしては、そうかも知れませんが。」

 やっぱり、口調にちいさな棘。

 もちろん、表情は読めない。ことばの翻訳は腕輪のコンピュータが担っているはずだが、

ニュアンスまで正確に訳されているのかどうかはわからない。

 ともかくも、朱里はすこし嬉しくなった。


 ようやく、パ・ルリと親しくなれた気がして。

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