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異世界八景  作者: 楠羽毛
未来の世界
206/206

なつかしい声

挿絵(By みてみん)

 加速──、

 いや、落下。

 ごうごうと、うなるような音とともに、かすかな振動、それからベルトに押しつけられるような感覚、きゅうっと胃が痛むような。

 もう、ずいぶん時間がたったような気がする。

 それとも、ほんの数十秒か。

 地上まで、そんなに時間はかからないはずだ。海上につく前に、自動的にパラシュートがひらく。降りたらベルトが外れるから、通信でサポートを受けながら、まず現在地を把握して……、

 考えているうちに、意識がぼんやりしている。


 なんだか、夢を見ているみたいだ──、


 がが、とノイズのような音。

 はっと目をさます。あたりを見回す。エミーが、こちらを見ている。

 さっきまで、まぶたを閉じていたはずだ。それに、頭が動いている。

「エミー……、」

 小さく、つぶやく。

『ステーションの管理者です。朱里、きこえますか』

 どきん、と心臓がはねる。エマの声ではない。

「きこえます!」

 大声でさけぶと、早口の返答がかえってくる。

『緊急の連絡です。ライト研究員にも同時にお伝えしています。いま、別世界からの通信と思われる現象が──、』

「なに!」

 身をおこしかけて、ベルトに(はば)まれる。外の音がうるさい。ぎりりと奥歯をかむ。

『以前の現象とはちがい、とても明確で、──ある種の言語による通信だと思われます。通信の内容は、以下のとおりです。英語で申し上げます』

「はやく!」

『……こちらは、宇宙船デイジーベル。通信担当は、船長代理、当直のデイジー。だれか、聞こえていますか。だれか──、』

「デイジー!」

 叫ぶ。あらんかぎりの声で。

 その声が、直接あいてに伝わるわけではないと、わかっていた。まして、その相手が、ほんとうに自分の知っているデイジーなのか──、

 わからない。が、

「デイジー! わたしはここ!」

 もう一度、叫ぶ。

「朱里、」

 また、だれかの声。こんどは、エミーの声帯からではない。

 すぐ、耳のそばから。

「カセイジン! どうして、……」

 空中に浮いている、タコのようなホログラム映像。くちばしをぐいっとこちらに突きつけて、早口で、

「やっと、修復が終わったんだ。想定外の転移現象に()き込まれて、空間ブイが外れちゃってたみたいで……」

「待って、」

 必死で考える。いま、落下中。地上まで、そんなに時間はない。

「まってよ! 今……、」

「待てないよ! また、別の宇宙の要素がこちらに転移しようとしてる。巻き込まれたら、こんどこそシステムが修復不能になるかも。とにかく、今回で最後だよ。いよいよ、きみの故郷に──、」

「待ってってば! だめなの、今!」

 腕輪が、光る。

 何度も、何度も経験した、転移の感覚。無重力と似ている。

「だめ! まだ途中(とちゅう)なの!」

 身体感覚が消えていく。最後の意識をふりしぼって、ベルトを外して、荷物をひっつかむ。

 エミーと目があう。ちくり、と胸が痛む。なにか言おうとする。唇が開く前に、意識が消えていく。



 わたしは、いつでも、途中で──、

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