オアシス・プール
ふたたび、現在──
*
人影。ふたりきりだった食堂に、小柄な風の民が勢いよく入って来る。
ズ・ルである。パ・ルリは一度片付けようとした盆をおいて、ズ・ルに正対した。
「アカリ。提案がある」
パ・ルリの横をすっと素通りして、ズ・ルは朱里の近くに立った。
「なに、やぶからぼうに。」
「水袋人が、まだ生き残っていたというのは、大発見だ。」
「そうでしょうね。」
意図がわからず、首をかしげる。ズ・ルはかまわず続ける。
「このさい、協力してほしい。」
「はあ?」
「復活した水袋人が民衆の前に出て、おれを持ち上げてくれれば、評判はうなぎのぼりだ。」
「はあ……」
想像してみたが、よくわからない。この世界にうなぎはいるのか。そんな馬鹿なことを考える。それから、
「水袋人って、なんなの?」
「おまえだ」
「そういうことじゃなくて……」
「本当に知らんのか? この大陸の先住民だよ。どこか別の場所にはまだ生き残ってるとも言われているが。」
「どこかって、どこ?」
「そりゃ、おれがお前に聞きたいよ」
「……それは、そうね。」
ざっくり話した覚えはあるが、まあ理解してもらえたとは思っていない。
「まあいい。昔のことはよくわからないが、おれたち風の民の文明は、水袋人の技術をもとにしているという連中もいる。おれは、信じていないがね。」
「なんで信じてないの?」
「おまえを見たからさ。おまえの体も、身につけていたものも、あまりに俺たちと違いすぎる。水袋人の後継者が我々だとは思えん」
「ふーん……」
「まあそれはいい。問題は、それを信じてるやつがたくさんいるってことだ。……つまり、水袋人こそ、おれたちに文明をもたらした偉大な存在だと考えられてるわけだ」
「なるほどね。……わかった。」
ようするに、神様のようなふりをして、ズ・ルの都合のいいように喋れということか。
「わかったか? それじゃ……」
「けど、……」
朱里は、ちょっと迷ってから、首を横に振った。
パ・ルリからきいた話が、頭にちらつく。それから、ギマの顔も。
「……悪いけど、断る。」
「そうか、わかった」
意外なほどあっさりと、ズ・ルはひきさがった。
「ところで、お前の喜びそうな場所があるぞ。水が好きなんだろう」
「え?」
急な話題転換に、朱里はきょとんとして問い返した。
「オアシス・プールと呼ばれている。まあ、人工の泉だな。湖とでも言うかね。行ってみたければ、パ・ルリに案内させるが」
朱里は、勢いよくうなずいた。水気があるところなら、どこへでも。そんな気分だった。




