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異世界八景  作者: 楠羽毛
デイジーの世界
2/206

カセイジン

 広間から、廊下を3回曲がって、ながいながい階段を降りた先。

 召使いに任せるでもなく、姫みずから、先導する。

 ただし、うしろにはクロヒナギクと黒機兵が、ぞろぞろと、


 幽鬼のように。


 さて、樫かなにかのそっけないドアをくぐって、窓のない、6畳くらいの個室に入る。

 クラデは、三歩部屋にふみこんで、

「ここを使いなさい。」

 そう、いってから、ちいさく、

「灯りよ、」

 となえると、天井からあたたかな光がさして、部屋が明るくなった。

「……これも、魔法?」

「ええ、もちろん。」

 クラデは、なぜだかとても嬉しそうに、くすくすと笑う。

「部屋にあるものは、なんでも自由につかってね。くつろいでちょうだい」

「……ありがとう。」

 短いやりとりのあと、クラデと取り巻きたちはすぐに出て行った。

 深呼吸。

 たんすを開けてみる。何種類かの下着、ワンピース、ロングスカートと上着、シャツ、靴下、スカーフのような布がいくつか。茶色や中間色の地味なものが多い。

 ワンピースを広げて、あわせてみる。だいたい、自分のサイズに合いそうだ。

 ということは、クラデのものではない。さっきまでいたクロヒナギクたちも、体型が合わない。他の誰かから借りたか、それとも、自分のためにわざわざ用意したのだろうか。

 そもそも、この城に、ほかに人間が━━


 ふと、ぶきみな想像にとらわれて、首をふる。


 服をしまう。着替えは、とりあえずやめにする。

 夢ならさめてしまえ、と思う。脱力して、壁にもたれる。ふと、壁の感触に違和感を覚える。

 遠目には煉瓦を積み上げたように見えたが、実際には、凹凸のない壁紙か何かのようだ。

 床にも触れてみる。

 木目の節や、合わせ目に見えるところに手をやっても、何もない。


 朱里は、考えるのをやめてそのままベッドに転がった。

 やけくそに目を閉じてから、ふと気づく。

(……トイレ、どこだろ)

 答えが出るまえに、熟睡。いやあな汗をかきながら。



 結局、トイレの入口は部屋の隅にあった。風呂はなかったが。



 自分の叫び声で目がさめた。理由はわからない。おきると、あかりは消えていた。一瞬で目がさめる。あたりを見回す。もちろん、自分の部屋ではない。

 夢うつつに、何度か目を覚ましたのを思い出す。ちょっと頭痛がする。

 もぞもぞと身をおこし、ベッドのわきに立つ。

 よけいなことを考えるのはやめる。

 汗でびたびたになった服を脱ぎ、たんすから、茶色のブラジャーとショーツを選ぶ。もともと身につけていたものに、デザインがよく似ている。ただ、素材はやけに滑らかで軽い。

 ブラを身につけたとき、胸の表面で何かが動くような感触がした。

「うえ、」

 思わずうめいて、手でおさえる。カップの表面がさっきより硬くなっているような気がする。

(サイズ調整……?)

 ぴったりだ。さっきまでつけていたものより、フィットしているように思う。

 ぞくりとする。考えないことにした。

 ともかく、肌着とワンピースをきて、靴下をはく。靴は替えがないので、少し迷ってから、そのままスニーカーをはく。

 洗面台も鏡もない。てきとうに髪をなでつけて、眼鏡をかけなおす。

 時間はわからない。そもそも、寝たのが何時なのか。

 しばらく、ベッド脇にすわり、決心がついてからドアを開ける。

 ドアのむこうに、クロヒナギクがたっていた。

 ベールのせいで顔はよく見えないが、目が合ったように思う。まさか、ずっとそこで待っていたのか。

「あの、……」

 声をかけるが、微動だにしない。

 と、思った瞬間、


 すっ、と手で右をさして、歩きだす。


 ついてこい、ということか。

 あわてて、あとをついて歩く。

 ながいながい廊下を、ふたたび。



 食堂には窓があったので、朝だとわかった。

 朝食のメニューは、丸パンと知らない野菜のサラダ、緑のスープ。ちょっと変わった、ビジネスホテルの朝食みたいだな、と思う。そんなところに泊まったことなどないが。

 ひとことも口をきかないクロヒナギクに給仕され、出されたものをすべて平らげる。わけがわからなくとも、腹はへる。

 食器がさげられ、席をたとうとしたとき、後ろから声がした。

「おはよう、アカリ。」

 ふりむく。クラデ王女。きのうと同じ格好にみえるが、ドレスの模様がちがう。同じような服を何着も持っているのだろうか。

 うしろには、クロヒナギクが二人と、黒機兵が一人。

 ドアは開いていたのかもしれないが、物音がぜんぜんしなかった。クラデとクロヒナギクはまだしも、全身鎧をきた黒機兵でさえ、音をたてない。

「……ちゃんと、腕輪はしているのね。」

 すわったままの朱里の手を、すっととりあげて、顔のちかくまで持ってくる。

「ええ。」

 はずせないのだから、言われるまでもない。べつに、はずす気もないが。

「もう、落ち着いたでしょう。……こちらの世界を、案内してあげようと思って。」

「王女様が?」

「いいえ、私は忙しいの。だから……、」

 王女はなにごとかつぶやき、ぱちんと指を鳴らした。


 その、とたん。


 腕輪から、ふわっと光の渦がまきおこった。

 どこから、ということもなく、輪の全体からまきあがるようにして、光の糸が、ぐるりと螺旋をなして、綿のように、空中にひろがっていく。その中心、豆粒のような点がだんだん大きくなり、灰色のボールのような形に見える。

 光が少しずつ消えて、灰色の形がはっきりして来る。

 まあるい、つるつるしたフォルム。

 四本足の、タコ。そう見えた。足は短め、吸盤はあるように見える。目がやけに大きく、クチバシは漫画のように丸っこい。マスコットキャラクターのようだ。

 宙に浮く、戯画化されたタコ。そう思った。

 まるい大きな目が、ぱちぱちと瞬きをする。瞼があるようだ。

「はじめまして!」

 その生き物は、高い声で、そう叫んだ。くちばしは動いているが、どう発声しているのか、よくわからない。

「気に入った? あなたの、まあ、使い魔かな。」

「どうやって……」

「魔法で、つくったの」

 クラデはいたずらっぽく笑った。

「その子は、あなたにしか見えないから、そのつもりで。名前をつけてあげてね」

 そういって、クラデは食堂をでていった。

「……火星人、」

 しばらくそれと目を見合わせてから、ぼんやりと、朱里はつぶやいた。

 深い意味はない。四本足のタコ、では普通すぎると思ったからだ。

「カセイジン?」

 タコが、首をかしげる。

「……そう、カセイジン。」

 そういうことにした。

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