カセイジン
広間から、廊下を3回曲がって、ながいながい階段を降りた先。
召使いに任せるでもなく、姫みずから、先導する。
ただし、うしろにはクロヒナギクと黒機兵が、ぞろぞろと、
幽鬼のように。
さて、樫かなにかのそっけないドアをくぐって、窓のない、6畳くらいの個室に入る。
クラデは、三歩部屋にふみこんで、
「ここを使いなさい。」
そう、いってから、ちいさく、
「灯りよ、」
となえると、天井からあたたかな光がさして、部屋が明るくなった。
「……これも、魔法?」
「ええ、もちろん。」
クラデは、なぜだかとても嬉しそうに、くすくすと笑う。
「部屋にあるものは、なんでも自由につかってね。くつろいでちょうだい」
「……ありがとう。」
短いやりとりのあと、クラデと取り巻きたちはすぐに出て行った。
深呼吸。
たんすを開けてみる。何種類かの下着、ワンピース、ロングスカートと上着、シャツ、靴下、スカーフのような布がいくつか。茶色や中間色の地味なものが多い。
ワンピースを広げて、あわせてみる。だいたい、自分のサイズに合いそうだ。
ということは、クラデのものではない。さっきまでいたクロヒナギクたちも、体型が合わない。他の誰かから借りたか、それとも、自分のためにわざわざ用意したのだろうか。
そもそも、この城に、ほかに人間が━━
ふと、ぶきみな想像にとらわれて、首をふる。
服をしまう。着替えは、とりあえずやめにする。
夢ならさめてしまえ、と思う。脱力して、壁にもたれる。ふと、壁の感触に違和感を覚える。
遠目には煉瓦を積み上げたように見えたが、実際には、凹凸のない壁紙か何かのようだ。
床にも触れてみる。
木目の節や、合わせ目に見えるところに手をやっても、何もない。
朱里は、考えるのをやめてそのままベッドに転がった。
やけくそに目を閉じてから、ふと気づく。
(……トイレ、どこだろ)
答えが出るまえに、熟睡。いやあな汗をかきながら。
*
結局、トイレの入口は部屋の隅にあった。風呂はなかったが。
*
自分の叫び声で目がさめた。理由はわからない。おきると、あかりは消えていた。一瞬で目がさめる。あたりを見回す。もちろん、自分の部屋ではない。
夢うつつに、何度か目を覚ましたのを思い出す。ちょっと頭痛がする。
もぞもぞと身をおこし、ベッドのわきに立つ。
よけいなことを考えるのはやめる。
汗でびたびたになった服を脱ぎ、たんすから、茶色のブラジャーとショーツを選ぶ。もともと身につけていたものに、デザインがよく似ている。ただ、素材はやけに滑らかで軽い。
ブラを身につけたとき、胸の表面で何かが動くような感触がした。
「うえ、」
思わずうめいて、手でおさえる。カップの表面がさっきより硬くなっているような気がする。
(サイズ調整……?)
ぴったりだ。さっきまでつけていたものより、フィットしているように思う。
ぞくりとする。考えないことにした。
ともかく、肌着とワンピースをきて、靴下をはく。靴は替えがないので、少し迷ってから、そのままスニーカーをはく。
洗面台も鏡もない。てきとうに髪をなでつけて、眼鏡をかけなおす。
時間はわからない。そもそも、寝たのが何時なのか。
しばらく、ベッド脇にすわり、決心がついてからドアを開ける。
ドアのむこうに、クロヒナギクがたっていた。
ベールのせいで顔はよく見えないが、目が合ったように思う。まさか、ずっとそこで待っていたのか。
「あの、……」
声をかけるが、微動だにしない。
と、思った瞬間、
すっ、と手で右をさして、歩きだす。
ついてこい、ということか。
あわてて、あとをついて歩く。
ながいながい廊下を、ふたたび。
*
食堂には窓があったので、朝だとわかった。
朝食のメニューは、丸パンと知らない野菜のサラダ、緑のスープ。ちょっと変わった、ビジネスホテルの朝食みたいだな、と思う。そんなところに泊まったことなどないが。
ひとことも口をきかないクロヒナギクに給仕され、出されたものをすべて平らげる。わけがわからなくとも、腹はへる。
食器がさげられ、席をたとうとしたとき、後ろから声がした。
「おはよう、アカリ。」
ふりむく。クラデ王女。きのうと同じ格好にみえるが、ドレスの模様がちがう。同じような服を何着も持っているのだろうか。
うしろには、クロヒナギクが二人と、黒機兵が一人。
ドアは開いていたのかもしれないが、物音がぜんぜんしなかった。クラデとクロヒナギクはまだしも、全身鎧をきた黒機兵でさえ、音をたてない。
「……ちゃんと、腕輪はしているのね。」
すわったままの朱里の手を、すっととりあげて、顔のちかくまで持ってくる。
「ええ。」
はずせないのだから、言われるまでもない。べつに、はずす気もないが。
「もう、落ち着いたでしょう。……こちらの世界を、案内してあげようと思って。」
「王女様が?」
「いいえ、私は忙しいの。だから……、」
王女はなにごとかつぶやき、ぱちんと指を鳴らした。
その、とたん。
腕輪から、ふわっと光の渦がまきおこった。
どこから、ということもなく、輪の全体からまきあがるようにして、光の糸が、ぐるりと螺旋をなして、綿のように、空中にひろがっていく。その中心、豆粒のような点がだんだん大きくなり、灰色のボールのような形に見える。
光が少しずつ消えて、灰色の形がはっきりして来る。
まあるい、つるつるしたフォルム。
四本足の、タコ。そう見えた。足は短め、吸盤はあるように見える。目がやけに大きく、クチバシは漫画のように丸っこい。マスコットキャラクターのようだ。
宙に浮く、戯画化されたタコ。そう思った。
まるい大きな目が、ぱちぱちと瞬きをする。瞼があるようだ。
「はじめまして!」
その生き物は、高い声で、そう叫んだ。くちばしは動いているが、どう発声しているのか、よくわからない。
「気に入った? あなたの、まあ、使い魔かな。」
「どうやって……」
「魔法で、つくったの」
クラデはいたずらっぽく笑った。
「その子は、あなたにしか見えないから、そのつもりで。名前をつけてあげてね」
そういって、クラデは食堂をでていった。
「……火星人、」
しばらくそれと目を見合わせてから、ぼんやりと、朱里はつぶやいた。
深い意味はない。四本足のタコ、では普通すぎると思ったからだ。
「カセイジン?」
タコが、首をかしげる。
「……そう、カセイジン。」
そういうことにした。




