別世界理論
「……なにが、起こったのか、あなたは把握しているわけ?」
あなた。
人工知能をそういうふうに呼ぶことはたびたびあるが、ただのレトリックにすぎない。ただのプログラムに人格はないのだから。
『いいえ。……ただの、推測です。別世界理論は、まだ十分に検証されたわけではないので──、』
「別世界理論?」
『あなたが、最初に手をつけた理論ですよ。ライト研究員』
「そんな理論は知らない。」
『知っていたはずです。……あなたが、私の知っているエマ=ライト研究員ならば』
「どういう、……」
と、反射的に言いかけて、口をつぐむ。
『ええ。……意味は、おわかりですね。ライト研究員』
わかっていた。
当然、そうなる。ただ、……あらためて言われると、やはり衝撃的だ。
「この、……世界には、別のエマ=ライトがいた?」
『別、といっていいかどうかはわかりません。あなたが認証に使用した生体情報は、わたしが記録しているものと一致しました。平行世界に、これほど近い存在がいるというのは──、』
「ずいぶん、詳しいのね?……その、別世界理論、というやつに?」
『ええ。まだ、理論上の概念にすぎませんが。一度も、実験する機会に恵まれなかったので──』
「実験は、したはずでしょう。わたしが。その、別世界理論とやらに基づいて計画したわけではないけれど、結果的には──、」
『その実験は、こちらでは行われていませんよ、ライト研究員』
「……さっき、わたしが手をつけた理論だといわなかった?」
『あなたがどういう実験に参加したのか、わたしは知りませんが。わたしの知っているかぎり、別世界理論はまだ検証する方法が発見されておらず──、』
「なら、……わたしは?」
『ライト研究員。あなたは、このステーションに最後まで残った理論物理学者のひとりでした。あなたたちが、地上に降りてから──、』
「待って!」
おもわず、大声。喉が裂けそうになる。
「わたしが、……最後に? いや、わたしだけでなく、つまり全員──」
『ええ。ですから、──』
エマがつぎの言葉を探しているうちに、『管理者』は、はっきりと、きれいな声で告げた。
『あなたに出会えて、……ほんとうに嬉しかったのです。わたしは』
*
別世界理論を検証する方法を、わたしはずっと探してきました。
人間たちが、宇宙を去ってからも、ずっと……、