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異世界八景  作者: 楠羽毛
未来の世界
195/206

とおい、とおい未来の

挿絵(By みてみん)

 三日──、


 たぶん、そのくらい。

 エマは変わらず、管理室であぐらをかいてタブレットを睨んでいる。ちょっとでも足が動けばすぐ浮き上がる低重力なのに、ぴったりと床にくっついて、微動だにせず。

 空になった食料のパックがあたりに転がっているが、どうみても1日分くらいしかない。自分で片付けたはずはないから、ほとんど食べていないのだ。

 たまに、手が動く。

 すっ、とタブレットの前を指がすべって、なにかの入力音。

 ぼそぼそと、ひとりごとのような声。

 朱里が前を通っても、目をあげもしない。

(……いつも、ああやって仕事してる人なのかな)

 ため息。

 カセイジンはまだ現れない。白い腕輪は、ときどき、かすかに震えるような音で鳴いている。

 とん、と床を蹴る。天井をもう一度手でおさえて、あきっぱなしのドアから廊下へ。これまた、あけっぱなしのトイレのドアを横目に。

 つきあたりへ。

 廊下のはしに、ぺたんと座って、もういちど息をつく。


 この世界──、


(ほんとうに、わたしがいた世界の、未来なのかな)

 つじつまは、あうような気がする。

(いま、いつ──)

 エマに聞けばすぐわかることだが、聞くのがこわい。

 百年後か、二百年後か、千年後か──、いずれにせよ、遠い未来には違いない。家族も、友人も、生きてはいないだろう。


 なんとなく、ほっとする。

 それから、ほっとしている自分に、ぞっとする。


 エマの言うとおりかもしれない。わたしは……、


『朱里、』

 

 だれかの声。

 おもわず、ふりむく。エマの声ではない。……いや、そんなはずは。ここには、エマのほかには、『管理者』とよばれる何か、がいるだけ──、

 肩のところに、見慣れた姿があった。

 カセイジン。くちばしの長い、小さな、三本足のタコのような姿。ふわりと、わけもなく宙に浮いて、かすかに身をよじらせて。マスコットじみているくせに、見た目はちょっと気持ち悪い。

 いつもと少し違って、……()けている。

「あんた、……どうしたの?」

 まぬけな質問だと思いながら、そう口に出す。半透明(はんとうめい)にすけて、ぼんやりと後ろの壁が見える。

『あか……り、』

 声も、おかしい。ぶうんと、小さなノイズが混じっている。

 ぞくりと、背中に悪寒(おかん)が走る。

 動揺(どうよう)(さと)られないようにしながら、つとめてそっけなく、聞き返す。

「なに?」

『もうすぐ……く、』

 最後の音節が、ノイズにまじって聞き取れなかった。

「なに? もう一回言ってよ」

『くる、……よ』

 ぶうううん……、と、もう一度、ノイズが高くなる。

「なにが!」

『──が、』

 ぷつん、と異音。

 それきり、カセイジンは消えてしまった。


 ぐったりと、膝から力が抜ける。

 座り込む。


(くる、……って……)

 着く、ではなく。


 来る、と。

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