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異世界八景  作者: 楠羽毛
未来の世界
193/206

わたしは、帰るのが

挿絵(By みてみん)

 朱里は、長い長い話を、もう一度くりかえした。

 それから、食事をして、少し眠って、湿ったシートでふたりとも体を拭いて、着替えをして、また話した。


 広い管理室で、時々、ふわりと浮いて。



「……それじゃ、」

 エマは、ふと思いついて、口をはさんだ。

「今、わたしたちがいる世界は……、あなたが生まれた世界ってこと?」

「え、」

 朱里は目を丸くして、かすかに瞼をふるわせた。

「ちがうよ、だって……もう1つ先、次の世界がそうだって聞いたし」

「それを言ったのは、『カセイジン』? でも、いま連絡がとれないんでしょう。その装置、」

 ぴっと、長い指を朱里の白い腕輪にむけて、平坦(へいたん)な声で。

「まるごと信用していいの?……とっくに機能停止しているんじゃ?」

「……壊れてるってこと?」

「あるいは、目的地についたから、自然に電源が切れた。」

「だって……、」

 朱里は、きょときょとと目線をさまよわせている。(あか)い唇をちいさくとがらせて、

「わたし、……こんなの、知らない」

「こんなの?」

「宇宙ステーション! こんなの、地球になかった」

 一瞬だけ目をつむってから、エマはいった。

「……それ、いつの話?」

「え、」

「あなたが地球を出たのは、西暦何年って言ってたっけ? いまはいつ?……もしかして、ここは、……あなたが生まれた時代より、ずっと未来なんじゃない?」

 数秒。

 朱里は、口をあけたまま、黙りこんでしまった。

「……うれしく、ないの?」

 そう、いいかけて、首をふる。

 ふつうは、(うれ)しくないだろう。……家族も、仲間も、とうにいないのだ。

「そりゃ、そうか。……ごめん」

「ううん、……」

 朱里は、ちいさく首をふって、目を伏せた。

 それっきり、すこしの沈黙。



「……わたしは、」

 地球に帰りたくなかったのかも、と口のなかだけで小さくつぶやいて、朱里は、また思い直した。

 そうじゃない。


 わたしは、帰るのが、こわいのだ。 たぶん。

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